不器用彼氏・彼女

「あっ……」
「ん? どうした?」
 部屋に入ると布団が一つしか敷いてなかった。
(不味い……さすがにこれはマズイよな……)
「俺、フロントに行ってもう一つ布団を敷いてもらえるように言ってくる」
「ね、ねえ……」
「ん? 何?」
 俺がフロントに行こうとすると、彼女が俺を呼び止めた。
「私なら大丈夫だよ……」
「何が?」
「一緒の布団で寝ても……」
「えっ?」
 俺は彼女の答えに驚く。
「ほ、ほらもう遅いしさ、旅館の人も大変だろうしそれに『春人』何もしないでしょ?」
「も、もちろん何もしないさ」
 俺は不意に質問に声が裏返る。
「でしょ? 私『春人』の事信用してるもん」
(うっ、そんな純粋な目で見られたら何も出来ねえって)
 そしてポツポツと雨が降ってくる。
「雨か……」
「そうだね……」
「……」
「……」
 そしてしばらくの間沈黙が続いた。
(何話せばいいんだよ? 間が持たねえ。こうなったら……)
「そ、それじゃ……今日はもう疲れたし、そろそろ休もうか?」
(って何言ってんだ俺は?)
「そうだね……」
 そして俺は部屋の明かりを消す。そして俺が布団に入ると、彼女も布団に入ってくる。
(ん? 今何か柔らかいものが当たったような……って何考えてんだ俺は? 何も考える
な。平常心、平常心)
そして激しく雨が降る。そしてピカッーと外で雷が鳴る。
「きゃ~」
すると俺の背中に彼女が抱きつく。
(なっ……これじゃ平常心を保てねえって……)
「ごめん……私、雷が苦手なの……」
(彼女が怖がってる時に何考えてんだ俺は)
「お、俺の事は気にしなくてもいいぜ! 怖いものは怖いんだしな。俺でよければいくら
でも力になるよ」
「ありがとう……」
 彼女は小さな声で答える。
「あのね……本当は私これが全部夢だったらいいのにって思うの……」
「どうして?」
「何で私走れなくなっちゃたんだろうとか、何で私事故に遭ったんだろうとか、何で私だけこんな目に遭うんだろうとか、リハビリしても一向に良くならないし、目が覚めたらこ
れが全て夢だったらいいのにって思うの……」
「『凪』……」
 俺は彼女の言う事を黙って聞く。
「それにね、私怖いの……」
「怖いって何が?」
「私がどういう事故に遭ったのか? それでもし記憶が戻ったら今までの事を全部忘れる
んじゃないかとか、それで私が私じゃなくなっちゃうんじゃないかって……」
「俺さ、今スランプなんだ。まあ『凪』心配に比べたらどうって事ねえけど、俺は陸上で
一位を取りたい……。でも一位を取れなくたって、今まで頑張ってきた事が無駄になるわ
けじゃない……。あっ、俺が何を言おうとしてるかだけど、つまり『凪』は『凪』! も
し記憶が戻って『凪』が変わってしまっても俺は『凪』の見方だから……。今までと何も
変わらないよ。だから全てを否定しないで……。記憶を取り戻す事を怖がらないで」
「うん……ありがとう……優しいね『春人』は……」
「べ、別に俺は優しくなんかねえよ」
 俺は照れながら答える。
「私、一つだけ分かった事があるの」
「何?」
「私『春人』と出会えた事だけは感謝している。この事だけは夢じゃなくて良かったと思
えるの」
「『凪』……」
 そして『凪』はぎゅっと俺を抱きしめる。
(なっ……)
「私ね、私……『春人』の事がす……」
(す? もしかしてこれは?)
「す……スースー」
 彼女は寝息を立てて寝ている。
(って寝たのかよ)
 そして俺は眠れぬ夜を過ごした。

 そして夜が明ける。結局俺は一睡も出来なかった。
「おはよう」
「おはよう」
「昨日は良く眠れた?」
「あぁ、まあな……」
「それじゃ、朝食食べに行こっか?」
「そうだな……」
 そして俺達は朝食食べ終えた後、チェックアウトした。俺達が旅館を出ると、昨日まで
振っていた雨が止んでいた。けれどその辺に水溜りの後があった。そして俺達は彼女がい
た合宿所に向かった。

 そしてバスに揺られる事一時間、ようやく俺達は彼女がいた合宿所に到着した。
「なあ、何か思い出したか?」
「う~ん? そうだな? あっ、ここのコートでよく練習してたな~」
「そっか……他には?」
「う~ん? 他には……何もないかな?」
「それじゃあ別の場所にも行ってみるか?」
「うん、そうだね」
 そして俺達は他の場所にも行った。けれども彼女は、別段思い出した事はないようだっ
た。そしてその帰り道、昨日の雨で増水している橋の上に出た。
「ここは……うっ……」
 彼女が頭を抱えてその場にうずくまる。
「どうした? 大丈夫か? 『凪』?」
「う……うん……平気……」
「しばらくここで休もうか?」
「うん……ごめんね……」
「気にすんなって」
 そして五分後彼女はゆっくりと立ち上がる。
「もういいのか?」
「うん……大丈夫。さっ行こ」
「あ、あぁ……」
 俺は彼女の苦笑いに違和感を感じつつもその場を後にする。そして終始彼女は空元気を
演じていたが、俺はそんな彼女の事を気にしつつも最後まで旅行を楽しんだ。そして俺達
はもといた場所に戻ってくる。
「ようやく戻ってきたな」
「そうだね……」
 彼女は元気なく返事する。
「送っていこうか?」
「ううん平気。ここでもう大丈夫だよ。それじゃあね」
 俺は彼女といつも会っている橋の上で彼女と別れた。

そして俺はそんな彼女の態度が気になって事故の事を調べる。そして俺は彼女の記憶の
手掛りを知るために図書館に行った。そこで俺は彼女の記憶がなくなっている三ヶ月間の
新聞を全て調べた。そして俺は彼女の乗っている記事を見つける。
「ん? これは? まさか……そんな……」
 俺はそこで『衝撃の事実』を知る事になる。そして俺は一つの疑念を疑う。
「『春人』! こんな所で何やってるの?」
「えっ?」
 俺は不意に声を掛けられ持っていた新聞を後ろに隠した。
「ん? どうかした?」
 彼女は覗き込むように答える。
「いや、何でもねえよ。それよりどうしたの?」
 俺は首を横に振り、話題を変える。
「うん、私『春人』に話したい事があって……」
 彼女はうつむき加減で答える。
「何? 話したい事って?」
「うん……ここじゃちょっと……」
「? ? ? それじゃ場所を変えよっか?」
「うん……」
 彼女は元気なさそうに答える。そして俺は彼女の後を着いて行った。そこは彼女と初め
て会った橋の上だった。
「私達、初めてここでであったんだよね?」
「えっ? あ、あぁ、そうだったな」
「私、『春人』に随分世話になったね」
「んな事ねえよ。俺だって『凪』に会って随分楽しかったし、お互い様じゃねえ?」
「優しいね。『春人』は」
「? ? ?」
 俺は彼女が何を言ってるのか分からなかった。
「私、事故にあった記憶覚えてないって言ったでしょ? だからあの時の事を必死になっ
て思い出そうとしたの。でも駄目だった」
「べ、別にいいんじゃねえか。今のままでも。そんなに苦労もしてねえだろう?」
「うん、そうだね……。でも、それじゃ駄目だと思ったの。今のままだったら私、この先
ずっと『春人』に迷惑をかけてしまうと思うの」
「そんな事気にすんな。俺なら全然大丈夫。もっと俺の事を頼りにしてもいいしよ。それ
に俺、人に頼られんのって結構好きだし」