名前を教えてあげる。



なぜなら、専業主婦で自宅でプリザーブドフラワーやトールペイントを教えている順の母親は大抵1階のリビングーーー大きな薔薇のアートフラワーやマイセンの人形が置かれた彼女の為のスペースーーーにいるのだから。


ふんわりとした雰囲気を纏いつつもすっと背筋の伸びた順の母は、独身時代、国内線のスチュワーデスだったという。


初めて順の家に上がった時、五百部美緒です、と挨拶すると、彼女は口角を上げて「よろしくね」とにっこりと笑った。


それ以降、顔を合わすことがあっても会釈するくらいで、会話を交わしたことはなかった。


彼女は美緒が息子に勉強を教えてもらいに訪ねてきている、と信じているらしかった。

勉強の邪魔しないようにという気遣いか、決して2階には上がってこない。

家の中だというのに、何か伝えたいことがあるときは、携帯電話でメールをしてきた。


彼女は溺愛する1人息子が、同い年のガールフレンドと昼間から自室でそんな行為に耽っているなんて、夢にも思わないのだろう。

『アノ時の声』を聴かれてしまうことは絶対に避けたかった。