名前を教えてあげる。



はあい、と電話を切ってから、狭い厨房のフライアーを使う伊藤の元に行き、店長の指示を伝える。


ショートカットで地味な女子大生伊藤は、電車が止まるときき、慌てて、デニムのエプロンを外し、帰り支度を始めた。


「3号室の客の追加オーダー、まだ出来てないんです。ポテトは今揚げたけど。あと、明太子のおにぎりと唐揚げ」


「え~まじ?ポテト3皿目じゃん。どんだけ頼むのさ。
ごめん、それだけはやってってくれる?」


美緒が不貞腐れたようにいうと、


「…じゃ、運ぶのはお願いしますね!」


伊藤は軽く睨んだ。
いつも、自分ばかり調理していて、美緒が楽な役回りをやっていることに不満を隠し切れなかった。


美緒は伊藤の視線を容易く跳ね返した。


わかったあ、伊藤ちゃん、お疲れさんでしたあ、と軽い返事をしながら、厨房を後にし、カウンターに向かった。


同年代でも伊藤このみとは、絶対に友達にはなれない、と思う。

住む世界が違うから。





音楽を止めたひと気のないカウンターに戻ったところで、午後6時過ぎに1人でふらりと来店した男の姿を思い出す。



会員カードは持っていたけれど、初めて見る顔だった。