名前を教えてあげる。



小さな店だから、美緒と店長と2人きりという事もよくあった。


人件費を削りたい店長は、
どんなに忙しい日でも、自分以外の従業員は2人しか置かない。



なので、週末の今日も出勤しているアルバイトは、美緒と女子大生の伊藤このみしかいなかった。



出勤して、1時間ほど経った頃。


美緒のスマホに店長から電話が入った。


『あー、美緒』


店長は馴れ馴れしく呼ぶけど、嫌な感じじゃない。


なに?と美緒もちょっとつっけんどんに答える。でも、ちょっと甘えた風に。

こんな調子だから、他のアルバイト達は美緒と店長が「デキてる」って噂していた。


『大雨洪水警報が出てるんだと。これから深夜にかけて急激に雨風が強まるらしい。
伊藤さん、来てる?

電車、止まるかもしれねえんだわ。
客、何人いる?お茶を挽いてんだろ?』


店長は、やたら忙しない口調だ。
何かを気にしていて、早く電話を切ろうとしている。


「挽きまくり!客は1人しかいないよ。もう2時間くらい1人で歌いまくってるよ~」


答えながら、美緒は直感する。
店長は女と一緒だ、と。


『なら、伊藤さん帰らせて、店閉めろ。その客が帰ったら、お前、帰っていいから。

車だろ?事故んねえように安全運転しろよ。

火の気、確認な。空調と有線もちゃんと切っとけよ』