名前を教えてあげる。



1年前。
暇な受付カウンター内で。


カラオケ店『リトルマーメイド』で働き始めたばかりの美緒が、店長に言ったことがあった。


ーー店長お、今日メッチャ、お茶を挽きますね!


いかにも昔やんちゃだった風の彼は目を丸くした。


ーーえ、美緒ちゃん。お茶を挽くってそんな言葉、どこで覚えたの?それ、夜の商売女が使う業界用語だぜ?


少しにやけながら。
(お前、援交でもやってたのかよ?)って感じで。



誤解を悟った美緒は慌てて、手足をバタつかせ、


ーーえ?え?皆、普通に使うよ!今時は!


って反論したけれど、それは嘘。

高校時代、真由子が時々ふざけて言ってたのが、美緒にも移ってしまい、大人になっても日常会話に使うようになっていた。



ーー嘘コケ、使わねえよ。
そんな言葉、使うんじゃねえよ。


店長は、美緒のおでこを指で軽く弾いた。


店長は妻子持ちだったけれど、
一般社会から、ちょっとドロップアウトした感じで、悪くいってしまえば、なんなく胡散臭かった。


まだ40歳前だというのに、だいぶ薄くなった髪を、自分で茶色に染めていて(本人はお洒落なつもりらしいけれど)、Tシャツを着てても分かるメタボ腹、緩めのGパン。


そんなスタイルでは、小生意気な年下の女から、軽くナメられるのは当然だ。


美緒が店長との会話に敬語を使ったのは、雇われはじめの数日間だけで、すぐに友達とみたいに喋るようになった。