難破船。



月夜の波間に揺られ、


私は静かに漂う。

まるで、ゆりかごに揺られるように………

月は雲の狭間を抜け、私の頭上に来て雲は去り、星が語り出す。
明日の行方は……と………

今日の行方も分からないのに、
明日は何処へ行くのか思案して、なんの意味があるのか………

月は海の中に己の姿を映し、そしてその光の中に私の身体を映す。

私は難破船。

船乗り達は、こよなく私を愛し、私もまた船乗り達を愛す。

ただ………今は私の身体は朽ち果て、誰も私を愛してはくれない。
私も誰も愛せない。

夜空に浮かぶ星たちは、私を誘(いざな)うが、最早………私にはそれに応える力はない。

ああ、暗闇の中に静かに落ちて来る、青い光よ、私をダンスに招待するなら、
せめて私に美しいドレスを着させておくれ。


太陽が私の真上に来ると、渡り鳥達は私を見つけ、
「ホウ、ホウ」
、と鳴く。

沢山の渡り鳥達は私の身体の上で休み、そして忙しく旅立って行く。

渡り鳥達が去った後には、幾つかの小枝が残る事がある。
海の上で休む為の小枝だ。

それを忘れる慌て者の渡り鳥。
この先からは厳しい旅の筈なのに………

私は祈る………
小枝を忘れて、力尽き海に落ちて藻屑となるであろう………渡り鳥の為に………

そして、
私も鳴く、
「ホウ、ホウ」
、と。


老いぼれた私を慰める為に太陽と月が交互にやってくる。


太陽は、
「この広い海の愛を独り占めに出来る」
そう、言い、
月は、
「この狭い海の中で愛を独り占めに出来る」
そう、笑う。

太陽も月も慰めてはくれるが、私は長い航海を終えた今も、まだこの朽ち果てた身体で、
心は彷徨(さまよ)わなければならない。

男よ!
女よ!

願わくばもう一度、私を若い身体に蘇らせてくれ!
この海の上に、
この海の上に、

おお、神よ!
もしも、
もしもそこにおられるならば、私は祈りを捧げます。

その代わり私の為に櫂(かい)と酒樽一樽をお与え下さい。

そうすれば、女は歌い男に酒を継ぎ、男は櫂を掴み、力強く漕ぐ。

船大工よ!
板を持て!
ハンマーを掲げ、私の身体に打ち付けろ!

男と女は歌え!
海の歌を………

海の歌は私の身体に「血」を通わせ、私の身体はまるで少女の様に生き返る。

沢山の船乗り達は私に、熱い視線を向け、私の「血」もまた熱くたぎる。

私に………
私に………
夢を見させておくれ。

太陽よ!
月よ!

女よ!
男よ!

私はまたお前達と、航海をしたい。
長い………長い航海を………

帆を張れ!
マストに帆を張って一番の、
「鷹の目」はマストに登れ!
海の彼方を見渡し、
そして報告しろ、
「異常ナシ」
、と。

それを聞いた船長はコンパスを見て叫べ!
舵を取れ!
進路!南!
、と。


航海士よ!
地図を広げろ!
そして、
星を読め!
星が無ければ風を読め!

風がなく、潮の流れも止まったなら、貝の様に身を縮め、
ただ、ひたすら待て。

そして
一度(ひとたび)一陣の風が頬を撫で、追い風の予兆を感じ取ったなら、
声高に叫べ!
「出航!」
、と。

そして、
かって大海原を航海していた頃の様に、私を導け!

夢を追いかけていた、あの輝かしい 頃の様に………

やがて………

…………傾きかけた「陽」が私に教えてくれる。
月が………やって来ると………


太陽が沈み、
そして、
月が上る。

月の光に照らされた波間に私の姿が映る。
私は………私の姿を見る。

私は………難破船。