まずい、と目をぎゅっと瞑った瞬間、上に伸ばした手が引っ張られた。

圧倒的な力で私の体は起き上がり、元の位置に収まる。


「華火、君だよ」


いつのまにか振り返っていた大家さんは、私の手を掴んだまま嬉しそうにそう言った。

いつも眠たげな瞳はキラキラと輝き、将来の夢を語る子供のようだ。


「現役女子高生が隣に越してきて、そんでもって家賃のためになんでもするって」

「え、え、え?」

「だからさ、今日は俺と恋人という設定でデートして」


私を引っ張りあげたポーズのまま、大家さんがにこりと笑う。

恋人、デート、恋人、デート……。

今まで縁がないと思っていた単語がぐるぐる頭を回り、目まで回りそうだ。


「……シンキングタイム、プリーズ」

「何を考える必要があるの?」