side:理玖

美碧とのラインを終えた後、俺はしばらく机の上に突っ伏していた。
(…俺は幸せなんだろうな。)
大好きな彼女がいて、学校でも友達に困った事はない。家族も…。

「…っ。…ふぅ…。」

左胸がズキズキと痛んだ。これが心なのか、本当の痛みなのか…その時の俺にはもうわからなくなっていたんだ。

美碧とのラインを読み返す。

美碧:『じゃ、夏休みは7月31日に朝日ヶ丘    公園に集合ね!時間は…』

この日俺たちは朝日ヶ丘公園で、俺の写生を共に描く約束をした。
確か去年も描いた。その絵はかなりレベルの高い賞をとって、今は俺の部屋に飾っている。みればみるほど、とても彩り豊かで綺麗な仕上がりに見えた。
(美碧と2人で描いた絵だもんな。)
俺の一生の宝だよ。

ずっとその事について思いふけっていると、
不意に電話のベルが部屋に鳴り響いた。
相手は美碧だった。

「どした?なんかあったか?」

電話ごしの美碧の声はなんだか気恥ずかしくて、少し気持ちがかゆいような感じになった。
美碧は返答はせず、そのまま黙っていた。

「?美碧?」

『…理玖こそ、なんかあったでしょ?』

一瞬周りの空気が時間を止めたみたいに、
凍りついた。

「なんだよ?いきなり。」

ちょっとでも笑ってるのが伝わるように、
俺は笑った。
でも、美碧にはそれは伝わらなかった。
声色を変えず、真剣な口調で俺に問うのだ。

『お願い。教えてよ。理玖は何を…。』

俺は悟った。
(…あぁ、もう…。)
潮時なのだ…と。
その途端、机にポタポタと水が落ちた。
ちがう。すぐにそれは自分の涙だとわかった。何度拭っても、涙が止まることはなかった。
俺はまた努めた。絶対…泣いてる事が伝わらないように。

「美碧…。」

『何?』

良かった。気付いてないみたいだ。
俺は心を決めて、それを言葉にしようと口を開いた。だけど、うまく口が動いてくれなかった。
(頼む…ごめん。ごめん。ごめん…美碧。
 好きだ。本当に好きだ。)

「………別れよう。」


         プロローグ end.