日和 火蓮 Hiyori Karen 。


私には、その名前以外私について何も知らなかった。


所謂、一種の記憶喪失とやらになってしまった私が目覚めたのは今から三日前の夜中。真っ暗な病室に横たわる私という存在が、不気味でならなかった。


日和 火蓮には、どうやら親族とやらがいないらしい。


天涯孤独の身であって、記憶喪失になる前は幼馴染みの家で暮らしていたという。しかも、その幼馴染みは男だった。


「………火蓮?どうかした?」


「…何でもないよ、浅緋くん。」


「あまり無理はするなよ。お前、まだ病み上がりなんだから。」


そう言いながら、浅緋くんはベランダは寒いからと私を室内に誘導する。冬の夜は風が気持ち良いのにな……。


部屋に入ると、すぐに浅緋くんが上着を私に着せてくれた。


「朝食の用意が出来たから、火蓮もおいで。」


優しい笑みを浮かべながら、私の手を握る浅緋くん。だけど私はハッとして彼の手を解いた。


ベッドの横にかけられた一枚の絵。白いシーツで覆い隠すようにしてあるその絵の存在を確かめて、私は安心する。


この絵は、私が描いた。


記憶喪失の中で唯一覚えていた事。それは自分がよく絵を描いていた事だ。
それに、伝わってくる。


どんな思いで、この絵を描いていたのか分かる気がする。けれど、思い出せない。


……未完成なまま終わったこの絵が、とても哀れでならない。


「その絵の続きは、描かないの?」


浅緋くんの何処か切なげな声音に、私は彼の元に戻りながら答えた。


「だってこの絵は……、今の私が手を加えて良いものではないから。」










そう、


今はまだね……。