「世界には人間と妖精の樹もあるんだよ。絆(プティ)の樹っていうの。妖精王とアンティスト様が二人でザクロを品種改良したもので、夏(ジュピ)の一の月(六月)に、赤を基調に金色の縁取りのある、それは美しい花をつけるんだよ。秋の二の月(十月)には、妖精の色赤と人間の色金の、果実が実るんだ。まさに人間と妖精の、絆の樹なの。この実は気への中毒症状を治してくれる。実を使ったケーキ、焼いてきたから後で食べてねファイツ」

ファイツの虚ろな瞳を、シルフィはのぞきこみながら続ける。

「この樹が一番素晴らしいのは夏(ジュピ)の三の月(八月)。一斉に花が散るの。
朝日や夕日を受けて朱金に照り映えて、夢のように美しいよ。
しかもね、それだけじゃないの。プティの花びらはとても軽いから、風を受けるとかなり長い間空を舞うんだ。それが見る人の背で翼の形になることがあるの。プティの翼だよ。それがあれば人だって妖精だって空を飛べるんだよ」

ばかばかしい、と鼻を鳴らしたのはテフィオだった。

「空を飛べるだと? そんなはずないだろう。でたらめを教えるな」

「飛べるんだなぁそれが」

「飛んだことがあるのか」

「ううん。でも、きっとね、今年こそは飛ぶんだ」

「ばかばかしい」

「そんなことないよ」

「頭がいかれてるんじゃないか」

「そんなことないってば」

「…いかれてる」

そう結論付けたテフィオと同様、ファイツも少しも心動かされた様子がない。視線はうつろに宙をみつめたままだった。

「…夢に見るの。絆(プティ)の風の丘。空も飛べる、プティの翼で…」

うっとりと囁きながら両手を広げたシルフィだけが感じていた。

風の匂い、空の青さ、世界の広がりを。

そこに満ちる絆を。

吐息のように、感慨深げに、シルフィは呟く。

「本当に…世界はきれいだねぇファイツ。また来ようね。
そうだ、契約(ファントリエル)の練習をしようか。いつか、パートナーとしたい誰かと出会った時のために」

「…おい、契約以前に、こいつは口をきかないぞ」

「練習すれば、きっとしゃべれるようになるよ!」

「…人の話を聞け」

それからしばし、シルフィはファイツ相手に口を動かす練習を始めたが、ファイツの視線が動くことも、口が動くこともなかった。

そしてシルフィが持って来たプティの樹液をまぜた試食も、決して食べようとはしなかったのだった。