亮介はひなの事を知らないと言っていた。ということは、顔が見えたってひながいると思う事はない。
誰か知らない女が自分の家の前で座り込んでいる……。
そう思うだろう。
それ以前に、亮介は……ひなが見えるのだろうか?
電話で会話は出来た。
でもそれだけ。
亮介とこの世界で会うのは初めてなのだ。
タンという足音と共に、黒い革靴が角から顔を出す。
「亮…介……」
無意識にひなの口から漏れでる名前。
グレーのスーツを着こなして、背筋を伸ばして歩いてくる男性に目を奪われる。
いつ会ったとしてもひなの目を奪う。
堤亮介という男は。
亮介の目にひなの視線がぶつかる。
それに気付いたのか、亮介が目を丸くして「えっ!」と声を上げた。
亮介の足が止まる。
亮介の視線は間違いなくひなに向いており、ひなが見えているという事が明白だ。
亮介には、やっぱり見えてるんだ!
私が見えるんだ!
嬉しい思いと、それに伴ってやってくる寂しい気持ち。
見えてるけど、……私の事を知らないんだ。
「あ、…あの……」
そう声を出してみるが、それ以上言葉が続かない。
亮介に助けて貰わないとダメなんだ!
だから先ずは、今日何度も電話した神崎ひなです。って自己紹介しなきゃならないんだ!
そう分かっているのに言葉が出ない。
言わなきゃ!言わなきゃ!
……言わなきゃ!
「亮…介、……助けて……」
必死に紡ぎだしたのは、今のひなの気持ちそのもの。


