「そうです。明さんに用事がありまして」
「えっと、……すみませんが、私、中津明という方は知りませんが」
今度は困った様に眉を下げる翼に、亮介の詰みが入る。
「えっと、家族に中津明さんは、…居ないですか?」
「居ませんけど。一緒にだって住んでませんよ。家は、父と母と私だけで。祖父と祖母だって別の県ですから。人違いじゃないですか?」
少しだけ怪訝そうな顔をして答える翼は、言葉に詰まる事もなくスラスラとそう言ってのける。
この中津家の家族の一人だった中津明は、この世界には存在しない。
それが答えだ。
「あー、何かそうみたいです。すみません」
誤魔化す様にへらっと笑ってそう言った亮介にチラッとだけ不信そうな視線を向けた翼。
「では私はこれで」
しかし、それだけ言うと踵を返して最初に向かっていた方向へと歩き出した。
「ありがとうございます」
亮介が頭を下げるが、翼は振り返らない。
徐々に遠ざかっていく翼の背中。
少し猫背になったその背中は、明と似ている。
「明、……居なかったね」
「だな」
亮介の隣でポツリと呟いたひなの言葉に亮介が相槌を打った。
予想していたとはいえ、明が存在していないという現実が辛い。
「消えちゃった…て事…、かな」
「その可能性が高いのかもな」
ツーンと鼻の奥が痛くなるのをグッと唇を噛み締めて我慢する。


