「な、なんで…」
「来てもらったのに悪いな。けどごめん、会えない。」
いつもの優しい声とは違う、淡々とした正樹の声。
「私…」
私、何か正樹にした?正樹怒ってるの?帰れだなんて…どうして?
もう、私のことなんか、気にかけるの辞めたの…?
私は、ぐっと手に力を込めた。
こんなに落胆した気分は初めてだった。
裏切らないって言ったじゃない。
それでも、そんな気持ちを正樹に見せたくなくて、私は「そう。」と言って帰ろうとした時―――
「…ッゴホ、ゴホッ…」
インターホンから正樹が咳き込む様子が伺えた。
「ま、さき…?」
私は進めようとした足を止める。
「何でもねぇ…ッゴホ、いいから帰…ッゴホゴホ…」
「何でもなくないじゃない。」
私はその時、頭の中ですべてがつながったような気がした。
「正樹、いいから開けて。」
「……。」
「その咳は何?」
「……。」
「風邪なんでしょう?いちいちカッコつけなくていいから!」
私がそこまで言うと、正樹は笑いながら「紗子にはかなわねぇな。」と言ってインターホンを切った。
中から音がしたかと思うと、ドアがゆっくりと開いた。
「…正樹。」
そこには、まるで別人のような正樹がいた。
いつもは髪を整え、ピシッとスーツを着た、バリバリのビジネスマン。
そんな正樹が、グレーのスウェットを着て、黒縁眼鏡をかけて、若干顎のあたりにひげを生やして。
顔色が悪くダルそうだった。

