恐る恐る手を伸ばすと、それはやっぱり封筒だった。
そこには【紗子へ】と綺麗な、マスターの字が書いてあった。
私は手の震えを止めることが出来なかった。
何が起きているかわからない、けれどこれを読めばわかるような気もした。
それなのに読みたくない、読んでしまったら何かわからない全てが終わってしまうような気がした。
「マスター…」
私は弱々しい声で、マスターを呼んだ。
マスター、どこ?会いたい。お願い、ここへ来て。
そんな私の力ない声は、雨音でかき消されてしまう。
私は、封筒を開けた。
中には1枚の便箋が入っていた。
【紗子へ
驚かせてしまって申し訳ない。
きっと今、君はパニック状態になっているだろう。
だけど紗子、落ち着いて。ゆっくり深呼吸をしてごらん。
紗子には謝らなければいけないことがある。
このお店を6月20日付で引き払うことになった。
本当にすまない。
勝手な言い分だが、もう僕のことは忘れて欲しい。
事情があって、もう会えなくなってしまった。
紗子、君を裏切るつもりは本当に無いんだ。
今はまだそれしか言えない。
紗子、ありがとう。そして、ごめんなさい。
柳 浩一】

