私がここまでマスターに心を開くだなんて、誰が想像しただろう?
私自身、思ってもみなかった。
同じ中学、高校の人たちからしても、きっとびっくりする。
それくらい、私の中で、マスターの存在は大きかった。
「紗子、今日はもう閉めようか。」
お客さんがいない日は、本来8時に閉めるお店を、それより前に閉めることもあった。
そんな日は閉店後、マスターの趣味のお話を聞かせてくれる。
音楽、本、美術作品、コーヒー、ワイン…
私はそんなマスターのお話が大好きだった。
「マスターは物知りだね。」
「僕は自分の好きなものだけだよ、紗子の賢い頭にはかなわないよ。」
マスターそう言って、いつも微笑んでくれる。
学校生活は、中学生の時よりは上手くやれたような気がする。
でもやっぱり、相変わらずマスター以外の大人は嫌いだった。
それ以上に男女の色恋沙汰には嫌悪感を抱くようになった。
成長とともに明るみになるそういうことに、私はあまり目を向けなかった。
「紗子ちゃんは彼氏作らないの?」
何度かクラスの女の子に聞かれたりもした。
「私、興味ないの。」
「えー、もったいない!紗子ちゃん美人さんなのに。」
「紗子ちゃんって男子からしたら、高嶺の花んだよね~!」
「私も紗子ちゃんみたいになりたいなぁ。」
毎回毎回、キャーキャーと騒ぐ周りの子たちの声を私は聞き流していた。
やっぱり、私はこの世界とは少し感覚が合わないな、といつも感じていた。

