電話の下にある棚の中から高校の連絡網を取り出し、彼の自宅の電話番号を探す。
「電話?」
 台所から出てきたお母さんに声をかけられる。
「うん」
「誰に?」
「高校の友達」
「お母さんも使いたいから早くしてね」
「うん」
 一つ一つ丁寧にボタンを押す。指先が緊張する。
 一回目、二回目、そして三回目のコールで彼が出た。
『もしもし』
「あ、私」思わずそう言った。
『私?』
「井上詩織(いのうえしおり)」
『あ、井上さん』
「うん」
『久しぶり』
「うん」
『元気にしてた?』
「たぶん」
『よかった』
「なにが?」
『元気そうで』
「私?」
『そう』
「うん」
 なんでだろう?緊張する。
『冬休みに帰ってきたら連絡してって言われたから電話したんだけど』
「うん」
『それで、』
「いつ会えるの?」
 自然と口から出た。一人で赤面する。
『明日は大丈夫?』
「うん」
『なにも予定はないの?』
「うん」
『それなら、明日会おうか?』
「うん」
『どこかに行く?街のほうとか?』
「家」
『家?』
「あなたの」
『僕の?』
「うん」
『なにもないよ』
「いいの」
『いいの?』
「うん」
『ふ~ん』
 いつのまにかお姉ちゃんが椅子を持ってきて、横に座っていた。
『それなら迎えに行こうか』
「うん」
『免許取ったし』
「自転車がいい」
『自転車でいいの?』
「うん」
『何時ごろ行こうか?』
「お昼過ぎ」
『わかった。そのくらいに行くよ』
「うん」
『じゃあ、また明日』
「うん。おやすみ」
『おやすみ』
「うん」
 受話器を置いた。ニヤニヤしているお姉ちゃんを見る。
「な、なに?」
「なんでもな~い」
 そう言ってお姉ちゃんは椅子を持ち上げた。
「『いつ会えるの?』だって!いいね~若いって」
 私は赤くなる。
「彼氏いるんじゃん!」
「そうなの?」
「ごまかすなって。ま、明日頑張んなさいよ」
 お姉ちゃんは椅子を持ったまま自分の部屋に戻っていった。
「電話終わったの?」
 入れ替わりにお母さんが台所から出てくる。
「うん」
「顔赤いわよ」
「暑い」
「暖房効きすぎ?」
「たぶん」


 次の日、彼は一時ごろ迎えに来た。