「北橋の近くでいいんだよね?」
「うん」
 細い路地から、国道に出る。
「もっと速く走って」
「なにか予定でもあった?」
「ううん」
「違うの?」
「うん」
「なにか理由でもあるの?」
「急げば汗をかくでしょ?」
「そうだけど」
 彼が一瞬躊躇したのがわかった。
「嫌だったいい」
「大丈夫だけど」
「それなら」
「わかった」
「うん」
 彼は懸命にペダルをこぎ始めた。風が強く当たって気持ちがいい。
 数分もしないうちに彼のシャツは汗でびっしょりになった。
 私は彼の背中に顔をくっつける。
 彼が一瞬緊張したのがわかった。
「ごめんね」
「なにが?」
「変な女で」
「そうでもないよ」
「そうなの?」
「そう」
「うん」
 私は気持ちがよくて、ずっと彼の背中に頬をくっつけていた。


 私は近くの公園で降ろしてもらった。もう九時近く。
「今日はありがとう」
「なにが?」
「うちに来てくれて」
「ううん」
 それからちょっと間があった。
「久しぶりに会ったから、僕も浮かれちゃってて」
「そうなの?」
「そう」
「そうなんだ」
「だから誘ったときに断られなかったから、ちょっと嬉しかった」
 彼はそう言って照れたように笑った。
「いつ戻るの?」
「僕?」
「うん」
「明後日」そう言ってから彼は、
「君は?」
「明々後日」
「ふ~ん」
「今度はいつ会えるの?」
 私はそう言ってから、恥ずかしくなった。
 これじゃあ私がもう一度会いたがってるように聞こえる。私はそんな気はないのに。
 たぶん。
「今度は冬休みかな」
「それまで帰らないの?」
「そうだと思う。きみは?」
「私も」
「冬休み?」
「たぶん」
「ふ~ん」
「うん」
 それからまた少しの間があった。彼と目が合う。
「帰ってきたら、連絡もらっていい?」
「僕?」
「うん」
「いいよ」
「また会いたいから」
「わかった」
「ありがとう」
 そう言って彼と別れた。
 私は彼の後ろ姿を見送って、それから家に帰った。
 大学最初の夏休みはそんな感じ。