「陽さん」
打ち寄せる波の音に負けないくらいの声を、私は聞いた。
そういえば去年も、こうやって呼ばれていたっけ。そして、びーびー泣いた。
砂浜に足元をふらつかせながら降りてきたそれに、私は黙って海から上がった。
「佐野先生」
「今年もこんな季節が来ましたね。陽さん、日焼けしてますよ」
「どこ見てるんですか」
「すみません」
ビーチなんかじゃないから、水着じゃなくても問題ない。シャツを着ているし、化粧やらなにやらに気を使う必要もない。それは佐野先生と出会った時もかわりなかった。今さらどうにかするつもりはない。
太陽の焼き払うような日射しが眩しいのか、額に手を添えて「舟が出てますね」という。
密漁監視かも、といえば「へぇ」という。鮑とかウニとかを密漁する者はいるわけで、捕まる者も毎年いるのだ。
小学校などはもう夏休みで、少し離れたところでバーベキューをしているらしい家族の姿も見てとれた。
田舎に帰ってきた人かもしれない。風に乗っていい匂いがする。バーベキューなどもう何年もしていない。
「一年はあっという間ですね」
「そうですね。ここの生活にはなれましたか」
「何とか。時間通りに終わりますから、楽ですよ」
あれから、私はこの佐野先生と奇妙な関係となった。奇妙な関係、だなんていうとおかしい。別にセフレでもなんでもないのに。ただ、会えば話す。メールがくればやりとりする。そんな関係。
だけど。


