それはきっと始まりでしかなく







「好きです、先生」
「知ってます」
「先生は狡いです」
「陽さんより年上ですから。多少アタマは回りますよ」
「……おじさん」
「おじさん上等」
「佐野先生」
「昴、でいいですよ」
「……昴さん」
「はい」




 ああ、もう。

 妙に照れ臭くなったが、構うものか。夏の恋はあまり長続きしないというか、どうなのだろう。
 真上から照りつける太陽の熱さを感じながら、私はいう。





「好きです。大好きです」
「僕も―――陽さんのこと、大好きですよ」





 どこにいたって、苦しさからは逃げれれない。けれど、と思う。


 佐野先生は、私を人魚かと思ったといった。人魚、人魚か。人魚姫は最後泡になってしまったが、私は違う。泡になんかならない。私には足がある。腕がある。言葉をつたえるための声も、唇もある。姫なんかじゃないし、先生だって王子じゃない。普通の、たまたまやってきた医者と、自暴自棄となった女だ。


 私は、まだ頑張れる。いや、頑張れるはずだ。こんなところでへこたれている場合じゃない。

 たぶん妹と一緒に住んで働くようになっても、泣きたくなることもあるだろう。辛いとも思うはずだ。


 豪快に海に入り、顔を出して「着衣泳は厳しいですね」などという佐野先生―――昴さんがいれば、なんとなかなるかもと私は思った。いろんな問題があっても、昴さんとなら。




「陽さーん」





 海から上がった昴さんはべしょぬれで、仕方ないと私はタオルを用意してやるべく砂浜へと歩き始めた。
 後ろでは、昴さんと出会うこととなった海の、波の音を聞きながら。
 



《それはきっと始まりでしかなく》








14/8/3