ほどなくして、赤ん坊から幼児くらいの泣き声に変わった。



「う……」


 赤ん坊より甲高い、頭に響く声に不快な気分になる。


 人間の泣き声を聞かせて、何の意味があるの?


 聞いているうちにイライラして、叫びそうになった。



「……あぁ、もうッ!」


 延々と繰り返す子供の泣き声に、杏奈はついに声を上げた。


 そんな彼女を冷淡に監視する男は、またしても小刻みに身体を揺らしてリズムを取っている。


 それから、神経を逆撫でするような音を断続的に聞かされた。


 重低音、不協和音、調子の外れた音楽、ノイズ混じりの外国語の演説……。


 聞き終わった後も、しばらく頭の中でそれらの音が繰り返されていた。


 ゾンビ男が居なくなると、杏奈は毛布の上で目を閉じた。


 鈍い頭痛にうなされながら、浅い眠りに就く。



「……おい! 起きやがれ、クソ女がぁ」


 夢うつつの状態で、そんなダミ声が聞こえてきた。


 ぼんやりしたまま目を開けると、茶髪パーマの男が唇を尖らせながら杏奈を見下ろしていた。


 キツネみたいな細い目に、うっすらと生やした髭。


 典型的なチンピラ面である。


 誰……?


 声、髪型からしてピエロかな。



「てめー、俺が仕事してんのにグーグー寝てんじゃねーよ! 犯すぞ、バカ女が」


 相変わらず、ピエロ男は粗暴で下品だった。


 こいつが悠介の目を……!


 杏奈の胸に沸々と憎しみが込み上げ、男を精一杯睨みつけた。



「あ? お前、何ガン飛ばしてんだよ。俺様によぉ!」


「きゃあっ……!」


 怒りを露わにした男が、杏奈の髪をグイッと引っ張る。


 しかし、思い直したようにすぐに手を離した。



「……いけね、怒られちまう。そうそう、今日は杏奈チャンにいいものをあげるぜ! へっへっへ……」


 ピエロ男は怪しく笑いながら、手に持った袋から何かを取り出した。