「じゃあ……どうぞ」
杏奈は素っ気なく言うと、ピンク色の携帯を差し出した。
女性が驚いたように大きく目を見開く。
「えっ、いいんですか? わー、ありがとうございまーす!」
嬉しそうに声を弾ませながら頭を下げる彼女を見て、ほんの少し違和感を覚えた。
何か、この人……。
杏奈は目の前の女性に気を取られ、気づかなかった。
足音を忍ばせて近づいてきた人物が、背後に立っていることに──。
「……ぐっ!?」
何となく後ろが気になって振り返ろうとした瞬間、何者かに湿ったガーゼで口元を塞がれた。
強い力で頭を押さえつけられ、抵抗すら出来ない。
リクルートスーツの女は助ける様子もなく、無表情で見ているだけだ。
つまりはグルなのだろう。
薬品の強烈な臭いが鼻腔を刺激し、杏奈は目に涙を浮かべた。
頭の中が真っ白になり、全身から力が抜けていく。
──誰か助けて!!
どう……して、私なの?
あぁ……もう何も考えられない……。
暗い底無し沼に吸い込まれていくような感覚に陥り、やがて杏奈は意識を手放した。


