入り口からリクルートスーツを着た若い女性が歩いてくるのが見えた。
黒髪を後ろで纏めて、どちらかと言うと地味な雰囲気である。
……良かった、怖そうな人じゃなくて。
杏奈は無意識のうちに詰めていた息を吐いた。
まだ完全に暗くないとは言え、無人の公園は必ずしも安全な場所ではない。
女性はベンチに座ると、黒い鞄から携帯を取り出した。
「あっ……! どうしよう」
ふいに女性が声を上げ、ベンチから立ち上がる。
困ったような様子で、携帯片手に辺りを見回し始めた。
携帯の充電切れとか?
まぁ、私には関係ないけど……。
杏奈は興味を失って、彼女から携帯に視線を戻した。
こちらに近づいてくるヒールの音。
「あのー、すみません……」
例の女性が目の前に立ち、遠慮がちに声をかけてきた。
杏奈は顔を上げ、「はい」と短く返事をする。
「携帯が電池切れちゃったみたいで。一本至急の電話をかけたいので、携帯を貸していただけませんか?」
どうやら推理が当たったようだ。
杏奈は一瞬迷ったが、相手は真面目そうな女の人だし、断る理由もないと判断した。


