「……ん、杏。もうすぐ着くよ? 起きて」


 優しい囁き声と肩に置かれた手の温もりに、現実の世界に引き戻される。


 悠介が笑みを浮かべながら、眠気眼の杏奈を見つめていた。


 子供みたいなこの笑顔が大好き──。


 杏奈は安堵しながら、「うん」と彼に頷いて見せた。


 何だかよく覚えてないけど、悪い夢を見たような気がする……。


 しかし、悠介の顔を見たら不安も吹き飛んだ。


 人波に流されるように電車から降りて、駅の近くのレストランで早めの夕食をとった。



「家まで送ろうか?」


「ううん、大丈夫。まだ明るいし、寄るところがあるから」


「そっか。じゃあ、気をつけて帰るんだよ」


 二人は笑顔で別れた。


 寄るところがあると言った杏奈だが、実はそれは嘘だった。


 ……家に帰りたくないだけ。


 人気のない児童公園のブランコに座り、携帯を弄りながら時間を潰す。


 そのとき、ヒールの音が近づいてくるのが聞こえた。