杏奈の眼前には、どこまでも闇が広がっていた。


 目隠しをされ、両手を縛られ、狭苦しい箱のようなところに閉じ込められている。


 心なしか、空気が薄いような気がして息苦しい。


 ……何で?


 何で、私ばっかりこんな苦しい目に遭わなきゃいけないのよ!


 アイマスクの隙間から涙がボロボロ零れ落ちる。


 怖くて、悲しくて、悔しくて、やるせない。


 先ほどから奇妙な静寂が続いていた。


 芹沢真は近くにいるのだろうが、何の音も聞こえてこない。


 ただ、気配だけは今も感じる。



「うっ……いやぁ! 死ぬのは嫌! ねぇ、そこにいるんでしょッ!?」


 杏奈は声を枯らしながら叫んだ。


 死ぬことへの恐怖だけが、全身を支配していた。


 私、このまま死ぬの……?


 平凡でつまらない日常生活。


 学校の友達との上辺だけの付き合い。


 生あくびが出るほど退屈な授業、デキる生徒をえこひいきするムカつく教師。


 そして、悠介の優しい笑顔……。


 今ではその全てが懐かしく、愛おしかった。


 本当に人間とは勝手なものだ。


 暖かい陽射しも、柔らかいそよ風も。


 もう感じることはないのかな。



「ぐすっ……。ハァ、ハァ……ハァッ……!」


 杏奈は泣きながら、喘ぐように呼吸を繰り返した。


 過呼吸かもしれない。


 心臓が飛び出しそうなほど、胸を強く叩いている。


 もし、私が死んだら。


 ……恨んでやる。


 私の人生を奪った、芹沢真を許さない。


 そんな馬鹿息子だから、母親も自殺しちゃうのよ。


 心の中で毒を吐いても、死への恐怖は消すことが出来ない。


 死刑宣告を受けた罪人のような絶望的な状況だった。


 カチ、カチ、カチ、カチ……!


 杏奈の脳内で、死へのカウントダウンが始まっていた。


 泣いても叫んでも、それは確実に迫り来る。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 杏奈の精神は、生と死の狭間でさまよっていた。