「あ……あぁっ……」
杏奈は言葉にならない声を漏らしながら、身体が硬直していくのを感じた。
目の前の悠介が本当の彼でないことは分かっているのに、恐怖とショックで呆然となる。
幻覚でしょ?
お願い、消えて……!
しかし、“彼”は消えてはくれなかった。
ズルズルと内臓を引きずりながら、杏奈の方にゆっくり歩み寄って来る。
“あ……ん……なァ……”
「……いやっ!」
口は動いていないのに、ひび割れたような低い声が耳に直接流れ込んでくる。
“彼”との距離を空けるために、杏奈は必死に後退りした。
こんなの悠介じゃない……。
ただの化け物よ!!
血塗れの手がヌッと伸びて、杏奈に触れようとする。
「消えて……、消えてよぉ!」
声を荒げた瞬間、目の前が暗転し──
「……! ハァ……ハァ……」
気がつくと、杏奈は毛布の上で横たわっていた。
心臓の鼓動が速いせいで、息が上がっている。
今のは……夢?
部屋には誰もいなかった。
夢にしては妙な生々しさがあり、杏奈は小さく身震いした。
「もしかして……」
もしかして、悠介があの世から私を呼んでる?
一瞬頭によぎった恐ろしい考えに、思わず叫びそうになる。
あの優しかった悠介が、そんなことするはずがない。
そう自分の胸に言い聞かすが、杏奈は不安を隠せなかった。
“杏……。一緒に天国に逝こう?”
夢から覚める寸前、耳に響いた言葉が脳内で再生される。
あれは幻聴や夢ではなく、死んだ悠介からのメッセージだとしたら……。
「っ……!」
突然、鍵を開ける音に思考を遮られた。
起き上がって身構える杏奈の前に立ったのは、長袖の黒いシャツを着た芹沢真だった。
相変わらずの無表情でこちらを見下ろしている。
「……」
「……っ」
無言の睨み合いが一分近く続き、杏奈は息苦しさを覚えて微かに吐息を零した。
目を逸らしたら、負けてしまうような気がする。


