微動だにしなかった男がフッと小さく笑いを零す。
そして、すがるように足にまとわりつく中野を足蹴にした。
「うぎゃあっ! ハァ、ハァ……どうし………て……!?」
息も絶え絶えに言いながら、捨てられた子犬のような目で男を見上げている。
「醜態を晒して、よくそんな口が利けるな? お前の役目は終わりだ。……早く死ね」
ポケットに両手を突っ込んだまま、男が冷たく言い放つ。
その目は、どんな闇よりも暗かった。
ひどい……。
あまりの言いぐさに、杏奈は初めて中野に少し同情した。
好きな相手から“死ね”と言われ、蹴り飛ばされるなんて。
私なら耐えられない。
「ヒッ……! まこっ……まこどぉおおおお! い、嫌だよぉおおおああああああッ……!!」
中野は地面に突っ伏して、慟哭した。
毒が回ってきたのか、身体をピクピクと痙攣させている。
愛する者の裏切りによる心の苦しみと、毒による身体的な苦しみ……。
彼女は今、地獄を味わっているのだ。
「ひぃっ……ゲホゲホッゴホッ! ……ぐはぁッ!!」
激しくむせたかと思うと吐血し、ぐったりと力尽きてしまった。
中野の顔は直視できないほどに恐ろしく歪んでいた。
眼球は飛び出そうになり、舌が口の端からダラリと垂れ下がっている。
「……うっ!」
杏奈は異臭に鼻を押さえた。
動かなくなった中野の身体から、排泄物が染み出す。
壮絶すぎる光景に、足がすくんで動けなくなった。
もし、私が毒に当たってたら……あんなふうに死んだの?
そう考えると恐ろしくて、身体の震えが止まらない。
「……最後の最期まで、馬鹿な女だ」
ため息混じりに吐き捨てる男は、まるで感情のないロボットのようだった。
そして、鬱陶しそうに髪を掻きあげながら杏奈を見る。
目が合うと、心臓がドクンと跳ね上がった。
……この人、何なの?
仲間を死なせたのに、全く動じてない。
「ゴキブリ並みの生命力だな?」
男は杏奈を見つめながら、わずかに唇をつり上げた。
ゴキブリ呼ばわりされても、言い返す余裕などない。



