今夜、きみの手に触れさせて



「でな、毎日しつこく泣きながら頼んでたら、ある日突然母親が『いーよ』っつったんだ」


「許してくれたんだ?」


ヤスの声が和らいだ。


「うん。それが兄貴のおかげだったなんて、ずいぶん後で知ったんだけどな」


「恵介くんの?」


修吾が兄貴の名前を出した。




矢代恵介――。


それがオレの兄貴の名前。




「兄貴はその頃小6で、中学校にあがったらケータイを買ってもらえることになってたんだ。

それをガマンするから、純太をスイミングに行かせてやれよって、親に頼んでくれたらしい。

後になって、兄貴の友だちから聞いた……」



「優しい兄貴だな」


ヤスが微笑む。




「オレはチビだったからさー、自分のことで頭がいっぱいだったんだよな……。


スイミングに行けることが、ただただうれしくて、そんな事情を知ってからも、兄貴の気持ちまでは想像つかなかった。


『ありがとう!』って、簡単に言えた……」




途切れ途切れに話すオレの言葉を、ヤスも修吾も黙って聞いてくれている。