―深夜
『あのさくらのきのしたでまってるよ。だから、はやくきてよ…』

私はパッと目を開けた。いつもの夢のはずなのに、今日の夢は違っていた。小さい頃の私がいない。ただ、光君が桜を背にしてこちらをじっと寂しそうな目をして見つめている。
私は布団を出て、動きやすい格好に着替えると、そっと静かに部屋をあとにした。草木も眠る午前3時。旅館はしんとしている。
履き慣れたスニーカーに履き替えると、走ってあの高台を目指した。
スニーカーで来て良かったとつくづく思う。

階段を急いで駆け上がり、桜の木の下を目指した。多少の息切れはあったが、体が弱かった頃が嘘のように思えるほど体が動く。

あの桜の木の下に来た。おかしい。昼間は青い葉がついていたのに、夜である今は満開の桜が咲き誇っている。そして、全体的にほんのりと光を放っている。とても美しい。
私はふと昔、光君と交わした話を思い出した。
『ねえ、はるな』
『なに?ひかるくん』
『きれいなさくらはね、ねもとにしたいがうまってるんだって』
『したい?』
『そうだよ。したいっていうのは、しんだひとのからだのことだよ』
『ふーん。それがうまっていたらなにかあるの?』
『うん。ねもとにしたいのうまっているさくらはね、ひとのちからをすっているからとてもきれいにさくんだって』
『へー…。ひかるくんはなんでもしってるんだね!』
『ただ、ほんでよんだだけだよ』

ひどく嫌な予感がした。こんな綺麗に狂い咲く桜が普通にあるわけがない。だったら、あるとしたら一つ……。

私は、素手で桜の根元を掘っていく。爪と指の間に冷たい土が入り込んでいくのも構わず、一心不乱に掘っていく。