「...やっぱここにいた。」

「...........。」

無言の彼。
きっと彼も朝礼はサボるつもりなんだろう、ずっと空を眺めて寝転んでいる。

「屋上...きたのいつぶりだろう」

私が一人で会話をし始める。

「綺麗だね、空。」

彼が屋上を好きなことは知っていた。
前に言ってたんだ、大きな家で嫌になっちゃう時がある。家政婦さんに対して気を使わなくちゃいけないし毎日しんどい。
『息苦しくないの?』って聞くと
『息苦しいよ。でも、そんなときは空を眺めるんだ、大きなテラスからの大きな空は最高だよ。』

彼は、空が大好きだ。
だから、私も好きなんだ。
空も、そんな彼も...。

「ぁっ!!今っ!ツバメが!」

とっさにツバメが飛んで行った方を指差す。

「.......なーに騒いでるんだよ。
ツバメが低く飛んでるんだ、雨が降る。」

淡々とした口調で言う彼。

少し怒っているみたいで、私は少し後ずさりして同じように寝転んだ。


「雨か...水遊びできるね。」

それしか言葉が見つからない。

「ダメだろ、それ」

そう言った時、ポツポツと顔に水の粒が滴り落ちる。
次第に強くなる。

一秒に二粒から三粒、四粒...五粒

「.......斗真。」

自分の上着を脱いで彼の上に被せた。

「なにやってんの。」

上着の下から声が聞こえる。

くぐもった彼の低い声が何処かえろい。

「.....濡れちゃうでしょ。」

「............いい匂い。」

会話が成り立ってないよ。


「...香水。」

「おまえ、そんなキャラじゃないじゃん。」

そうだね...斗真のために振ったんだよ。

わたしは、小さい頃からやんちゃで男子に紛れて泥んこになって遊んでいるような女の子。
いまも、ガサツだしめんどくさがりだし、髪だって...さらさらのロングヘアーじゃなくて短いショートヘアだし。

男子からの恋愛対象外って言われることも多々あって。

それでも、シャンプーは変えたり少し巻いて見たり
メイクを研究したり女の子っぽいフリフリのワンピースを着てみたり
そうだよ、
全ては斗真のためなんだよ。


「...可愛いって言ってもらいたかったんだもん」

「は?」

「可愛くなって斗真に惚れて欲しかった。」

ドクン
苦しい、胸が苦しいよ。

「なんだよ、なんだよそれ。」

今、どんな表情をしてるの?
見たいけど見たくない。

彼に被さった上着に伸びる手を止めてはやめ止めてはやめを繰り返す。

モヤモヤするこの気持ち。

「だから、だから、好きになって。」

雨が強くなる。
水玉が顔に滴り落ちる。
だけど、しょっぱい水玉も一緒に混ざって彼の上着の上に落ちた。

「...空実?」

「好きなんだもん。斗真のことが好きなんだもん。」

「...。」

「...好き。ずっと。」

「空実...」

ゆっくり彼は上着を顔からどかした。

見ないで、きっと、いや絶対ひどい顔してる。
バレンタインデーだからって気合い入れるために慣れないメイクをしてきたからか、顔がべたつく。

「...おまっ黒いぞ涙。」

あ...マスカラ。

「見ないでっ!」

咄嗟に後ろに体を向ける。

「大丈夫なのか?」

メイクとかそんなのよく分からないのか、彼が問いただす。

「...病気とかじゃないから。」

「そ。」

それから、しばらくの沈黙

「あ、あの」

「...これ着とけよ。」

ぇ?

ばさっと顔と背中に被された上着。

私の上着と彼の上着。

「はやく、こっち向けよ。」

「ぇ?」

甘い声が後ろから聞こえる。

甘い甘い甘い

溶けちゃいそうで

甘い。

急いで雨の水で顔面のメイクを落として後ろを振り返る。

「メイクない方がいい。」

彼が言う。
あ、メイクのことやっぱ分かってたんじゃん。
ああ、涙腺が破裂しそう。

「...ん。」

「!?」

目に前が真っ暗になる。
軽く抱きしめられた。

「ごめん」

頭上から聞こえることば。
何度もごめんを繰り返す彼の声。

いつの間にこんなに背が大きくなったのとか、小さい頃は私より背が低かったくせにとか、考えたいけど

いま脳に入ってくるのは

「ごめん」

ばかり。

「.......な、なに?」

違う違うと思いたくて。
聞いた。

「告白の返事。」

がしゃん
と音を立てて

彼の温もりを感じながら

ハートは壊れていった。

生ぬるいハートの欠片。

触れば痛い、とてもとても痛い。

「ど...して。なんで」

なんで抱きしめるの?
優しく私を包み込むの?

「.........ごめん、ごめん。」

「やだ。」

小さなわがまま。そんなの言っても無駄なことはわかってる。

「女の子なんだよ。空実は、ガサツで静かじゃねぇけど女の子なんだよ。
ごめん。だから、ごめん。」

意味がわからない。

「やだ...。」

「ごめん。」

それだけ言って、彼は私から離れた。

「ふぇっ..ふぇ、う。」


涙が止まらない。
こんなにあっけないもの?

「ごめん」


私の9年間の片想いは終わった。

高校一年の冬。





私は、彼と二度と話すことはなかった。
高校二年生になると彼は私の前から姿を消した。
どこにいるかなんてわからない。


ただ、女の子と言ってくれた
あの甘い声だけが
脳裏に刻まれて私をずっと苦しめた。


だけど、それもまた
あの時、渡せなかったチョコのように
少しずつ溶けて
なくなった。