日曜の昼、おれは幼なじみである渡り愛に呼び出されとある喫茶店へと向かっていた。呼び出された理由は、大方恋敵への愚痴だろう。
喫茶店の中に入り、中をきょろきょろと見渡し、目的の人物を発見する。小さい店だから誰がいるのか把握できるのだ。一名様でよろしいでしょうか、と言う店員に約束しているのですがとおれが言えば、先に聞かされていたのかにこやかに目的の人物の所へと案内される。ありがとうございますと軽く会釈した。
そして愛に視線をあわせた。
「ごめん、お待たせ」
多分、遅いという意味が込められているであろう視線で愛に睨まれた。急に電話が掛かってきてこの喫茶店に来るように言われたのが約二十分前で、家からここに自転車でとばして十五分はかかるうえにそれなりの支度をした。そのわりには早く着いたほうだ、と心の中で反論する。変に言い返すと愛は面倒くさいのだ。
とりあえず愛の向かいの椅子に腰掛け、通りがかった店員にアップルティーを頼んだ。愛は黙ったままだ。
無言が数分続き、店員が先ほど注文したアップルティーを運んできて机に置き、ごゆっくりどうぞと去っていた。
「……今日」
グラスに入った紅茶をストローで軽くかき混ぜながら、さっきまでだんまりを決め込んでいた愛が口を開いた。心地のいいソプラノが、耳に入る。
「今日、佐波さん、ゴミと……あと三つ編みと一年と、勉強会をするんですって」
つまらなそうに愛は呟いた。
説明すると、佐波さんというのは、おれ達の一つ上の学年で佐波沙小枝さんという、愛の想い人だ。ゴミというのは、その佐波先輩が想っている人。三つ編みは佐波先輩の親友で、一年というのは多分、佐波先輩の恋敵だ。
愛は佐波先輩の想い人が、大嫌いなのだ。
「どうして……どうしてわたくしではないの」
ねえ、秋吉。
俯き、泣きそうな震えた愛が声で呟く。愛はおれのことを名前ではなく、名字で呼ぶ。透ではなく、秋吉と。中学までは透と呼んでいたが高校に入ってから、正確には佐波先輩に好意を抱くようになってから、名前で呼ばなくなった。だからおれも、そんな愛に合わせて渡りと呼ぶ。
「どうして佐波さんは……わたくしを見てくださらないのかしら」
眉をハの字にさげてはいるが、その目に含まれているのは軽い怒りだった。怒りというより、嫉妬だろうか。
「そんなの……佐波先輩は、おれどころか、渡りのことすら知らないからじゃないの」
当たり前のようにそう告げれば、ハの字だった眉は寄せられ、眉間にシワを作っていた。そして愛は誤魔化すように机に伏せる。
ちなみに泣くのを誤魔化すために伏せているのではない。愛は泣かない。十年以上一緒にいるけれど、愛が泣いているところを見たことがない。愛もおれも友達なんていう者はいないから、本当に長く一緒にいるのだ。
愛が伏せること約五分、やっと顔を上げた。前髪が乱れ、そこから覗く額が少し赤くなっていた。そしていつものように、おれに八つ当たり紛いのことをする。この八つ当たり紛いの行為は嫌いじゃない。
「本当、あなたっていつも辛気くさい顔をしているわよね。そんなんじゃ、女の子達から好いてもらえなくてよ」
「いいよ、べつに。……ひとりの女の子にさえ好いてもらえれば、それで」
「ですから、そのひとりの女の子にすら好いてもらえないと言っているの」
肘をつきつまらなそうに窓の方を向いた。
おれは、愛が好きだ。十年前からずっと、変わらない感情を愛に抱いている。そのことを愛は知らず、愛はおれに好きな人の話をするのだ。でもこれを受け入れているからおれは愛の隣にいられるのだと思えば、こんな状況も甘んじて受け入れることができる。
そういえば前、愛に性別について言及してみたら「愛に性別なんて関係ありませんわ。実際、同性婚ができる国もありますし」と一蹴されてしまった。
そしておれはこうも聞いたことがある。叶わない恋をして、つらくはないのかと。それを聞いたら、愛は今日と同じように眉をひそめるだけで何も言わなかった。
正直、愛がつらくないと言えばおれもこの恋をつらいと思わないようにするつもりだった。だけど愛は無言で。無言というのはつまり、肯定だ。愛はこの恋を、つらいと思っているのだ。
「本当、嫌になるわ」
「……そうだね」
嫌になる。そう思いながら、おれは残り少ないアップルティーを一気に飲み干した。
喫茶店の中に入り、中をきょろきょろと見渡し、目的の人物を発見する。小さい店だから誰がいるのか把握できるのだ。一名様でよろしいでしょうか、と言う店員に約束しているのですがとおれが言えば、先に聞かされていたのかにこやかに目的の人物の所へと案内される。ありがとうございますと軽く会釈した。
そして愛に視線をあわせた。
「ごめん、お待たせ」
多分、遅いという意味が込められているであろう視線で愛に睨まれた。急に電話が掛かってきてこの喫茶店に来るように言われたのが約二十分前で、家からここに自転車でとばして十五分はかかるうえにそれなりの支度をした。そのわりには早く着いたほうだ、と心の中で反論する。変に言い返すと愛は面倒くさいのだ。
とりあえず愛の向かいの椅子に腰掛け、通りがかった店員にアップルティーを頼んだ。愛は黙ったままだ。
無言が数分続き、店員が先ほど注文したアップルティーを運んできて机に置き、ごゆっくりどうぞと去っていた。
「……今日」
グラスに入った紅茶をストローで軽くかき混ぜながら、さっきまでだんまりを決め込んでいた愛が口を開いた。心地のいいソプラノが、耳に入る。
「今日、佐波さん、ゴミと……あと三つ編みと一年と、勉強会をするんですって」
つまらなそうに愛は呟いた。
説明すると、佐波さんというのは、おれ達の一つ上の学年で佐波沙小枝さんという、愛の想い人だ。ゴミというのは、その佐波先輩が想っている人。三つ編みは佐波先輩の親友で、一年というのは多分、佐波先輩の恋敵だ。
愛は佐波先輩の想い人が、大嫌いなのだ。
「どうして……どうしてわたくしではないの」
ねえ、秋吉。
俯き、泣きそうな震えた愛が声で呟く。愛はおれのことを名前ではなく、名字で呼ぶ。透ではなく、秋吉と。中学までは透と呼んでいたが高校に入ってから、正確には佐波先輩に好意を抱くようになってから、名前で呼ばなくなった。だからおれも、そんな愛に合わせて渡りと呼ぶ。
「どうして佐波さんは……わたくしを見てくださらないのかしら」
眉をハの字にさげてはいるが、その目に含まれているのは軽い怒りだった。怒りというより、嫉妬だろうか。
「そんなの……佐波先輩は、おれどころか、渡りのことすら知らないからじゃないの」
当たり前のようにそう告げれば、ハの字だった眉は寄せられ、眉間にシワを作っていた。そして愛は誤魔化すように机に伏せる。
ちなみに泣くのを誤魔化すために伏せているのではない。愛は泣かない。十年以上一緒にいるけれど、愛が泣いているところを見たことがない。愛もおれも友達なんていう者はいないから、本当に長く一緒にいるのだ。
愛が伏せること約五分、やっと顔を上げた。前髪が乱れ、そこから覗く額が少し赤くなっていた。そしていつものように、おれに八つ当たり紛いのことをする。この八つ当たり紛いの行為は嫌いじゃない。
「本当、あなたっていつも辛気くさい顔をしているわよね。そんなんじゃ、女の子達から好いてもらえなくてよ」
「いいよ、べつに。……ひとりの女の子にさえ好いてもらえれば、それで」
「ですから、そのひとりの女の子にすら好いてもらえないと言っているの」
肘をつきつまらなそうに窓の方を向いた。
おれは、愛が好きだ。十年前からずっと、変わらない感情を愛に抱いている。そのことを愛は知らず、愛はおれに好きな人の話をするのだ。でもこれを受け入れているからおれは愛の隣にいられるのだと思えば、こんな状況も甘んじて受け入れることができる。
そういえば前、愛に性別について言及してみたら「愛に性別なんて関係ありませんわ。実際、同性婚ができる国もありますし」と一蹴されてしまった。
そしておれはこうも聞いたことがある。叶わない恋をして、つらくはないのかと。それを聞いたら、愛は今日と同じように眉をひそめるだけで何も言わなかった。
正直、愛がつらくないと言えばおれもこの恋をつらいと思わないようにするつもりだった。だけど愛は無言で。無言というのはつまり、肯定だ。愛はこの恋を、つらいと思っているのだ。
「本当、嫌になるわ」
「……そうだね」
嫌になる。そう思いながら、おれは残り少ないアップルティーを一気に飲み干した。
