『はぁい。もう目を開けていいですよー』
『・・・わぁきれい』
『でしょう?これ、母様にあげる』
『ん?母様って・・・私のこと?』
『そうよぅ』
『あなたは私たちのお母様だよ・・・』
『母上・・・』
『ママー』
『そろそろ目を開けて。父上が呼んでるよ・・・』
目を開けてって・・・開けたいのに開かないの。
眠たいってわけじゃないんだけど・・・。
もう少しこのままでいい?
もうちょっと待っててね・・・。
『凪砂』
『お、お母さん!?お父さんもいる!』
『久しぶりね、凪砂』
『そうだね・・・ってことは・・・』
あぁそっか。私、死んだんだ・・・。
『凪砂。あなたはどこの世界に属しているの?』
『え?どこって言われても・・・分かんない』
『おまえはどこに行きたいのか、よく考えるんだ』
どこに行きたいのか・・・。
『私・・・』
「・・・・・・ぅ」
「・・ナギサ?」
その時ピクッと動いた私の手を、カイルがギュッと握り返してくれた・・・らしい。
『・・・好きなの。あの人のことが大好き。俺様な国王だけど、とっても優しいの』
『そう。大切な人を見つけることができてよかったわね。お母さんもとても嬉しいわ』
『私、戻りたい。カイルのところへ。私がいたいのは、カイルがいるあの世界。愛する人のそばに、いつまでもずっといたい』
「・・・ル・・」
「ナ・・ナギサ。ナギサ!」
そして私の目から流れる涙を、カイルは優しく拭ってくれたそうだ。
『お父さん、お母さん。私ね、カイルに出会えてとても幸せだよ』
『よかった・・・本当によかった。それだけが私たちの心残りだったから』
『いつかその人に会わせてくれ。だが凪砂。おまえもだが、まだここに来る時じゃないようだ』
『え』
『おまえはまだ、この世界には属していない。さあ帰りなさい。おまえがいたいと思う世界へ』
帰りなさい・・・。
おまえがいたいと思う世界へ・・・。
「・・・ナギサ。あぁナギサ!」
「ぐ!カイ・・・くるし・・・」
「全くおまえには世話が焼ける!一体どこまでテンバガールなんだ!俺は紫龍剣がなくとも、あ奴らごときに殺られはせん!それなのにおまえ・・・おまえは・・・おまえを失ったかと思ってしまったじゃないか・・・」
「ごめ・・ん。ウィンにも言われたのに・・・ごめんね、心配かけて」
「俺は・・俺はお前を護れると・・・己の力を過信していた。やはりあの時おまえをもっと安全な場所へ避難させておくべきだった。ナギサ、すまない。おまえを危険な目に遭わせてしまった」
「ん・・・と、仮に他の場所へ避難しても、そこにも敵がいたかもしれないよ。それにね、私にとって一番安全な場所は、あなたのそばだから。やっぱりあれで正解だったの。ところでみんなは無事?だよね」
「当然だ。ナギサ」
「はい」
「ゴライブ・マイス・アガト(どうもありがとう)、俺を護ってくれて」
「・・・どういたしまして」
あぁよかった。
やっと・・・やっと愛しい人が流す涙を拭くことができたよ、お母さん。
私にしがみついておいおい泣いてる今のカイルからは、国王(リ)としての威厳なんて、かけらも見当たらない。
それにいつもの俺様な態度も、なりを潜めている。
カイルらしくない。
でも私はこの人をとても愛してる。
私はカイルの砂色の髪を優しく撫でながら、「夢見てた」とつぶやいた。
そして、髪を撫でながら話し続ける。
「小さな女の子がお花で冠作ってくれたの。それを持った女の子は、私と同じ黒い髪に、黒い瞳。そしてあなたと同じ目の形をしてた。あなたに似て、とってもかわいい子だったなぁ」
「・・・ということは、最初は女子か」
「かもね。トリクシアって名前だったよ。とても気に入ってるって。カイル」
「なんだナギサ」
「私たち、5人子どもを授かるみたい」
「それだけ授かれば十分だな」
「二番目の子がザッカリー、次はノアでその次の子はリアヌ。男の子が続くから、あなたが女の子がもう一人ほしいと言って」
「・・・そうなのか?俺は別に男女どちらでも良いと思っているんだがな」と、顔を伏せたままブツブツ言ってるカイルは、すっかり泣き止んでいるみたいだ。
「そして来てくれた子は女の子で、アイシス。これで男の子だったら、また女の子がほしいって言いそうだよね」
「言うのはおまえの方だろう」
「・・・かもね」
と私は言うと、クスッと笑った。
「ナギサ」
「ん?」
「俺はもう待つ気はない。おまえの傷が癒え次第、俺たちは結婚する」
「・・・バンリオナ(王妃)教育は?」
「そんなもの結婚後にすれば良い」
「あぁ・・・なるほどねー」
私は「その程度でいいのか」と、あっさり納得した。
「我が王国も、20歳からでないと自由に婚姻はできん。よっておまえをエミリアの母方である、リュベロン家の養女にさせる。だがこの場合、おまえの姓であるカタオカを失うことになるが、それでも構わないか?」
・・・珍しい。
俺様国王が事前に「いいか?」と聞いてくるなんて!
まったく、らしくない。
けど、優しいカイルらしい。
私はニコッと笑っていた。
「どうせあなたと結婚すればマローク姓になるんだし」と私が言うと、カイルはやっと、いつもの余裕の笑みをフッと浮かべてくれた。
「・・・そうだな。ナギサ」
「はい」
「おかえり」
「うん。ただいま」
「グラ・ドゥ。アイシテル。I love you、Nagisa」
「グラ・ドゥ、カイル」
「グラ・ドゥ、ナギサ・・・」
今頃になって、私の目から涙が出てきたのは、いるべきところに帰って来たって実感したから、かな。
何と私はあれから丸4日間、意識がなかったそうだ。
その間ゴタゴタの復旧を進めながら、それ以外の時間はずっと、カイルは私のそばにいてくれたと、後でウィンに聞いた。
聞かなくてもカイルならそうするだろう。
私でもそうするし。
ウィンは今回の件で、かなりの責任を感じている。
私がこうなったのは、自分が十分護衛をしなかったからだと、泣きながら謝ってきた。
いや違うから!
私がこうなったのは、自分の不注意。
油断しちゃったからこうなっちゃったわけで。
だから頭上げなさい!と最後は命令口調で言いつつ、ウィンに自分を責めないよう、何度も言い聞かせた。
ウィンのためにも死ななくて良かった。
私を撃ったのは、シェイラ・バンドムという人だった。
彼女は、元アルージャの独裁者だった、ルイ・バンドムの奥さんだ。
あの時カイルから紫龍剣を投げられたため、私にとどめの一撃を撃つことはできなかったどころか、紫龍剣によって右腕を失った。
シェイラと彼女の子(ルイ・バンドムの子でもある)は、現カーディフに強制送還され、現在は牢獄入りしているそうだ。
ルイはすでに不治の病らしく、このまま独房で寂しく死んでいくのだろう。
どちらにしても、ルイが亡くなれば、アルージャの独裁政治は幕を閉じていたか、クーデターが起こっていた可能性が高い。
ということは、シェイラたちの贅沢三昧の生活は、どのみちそう長くは続かなかったということだ。
そしてイングリットさんは、今回の件の首謀者である、ルイとシェイラ・バンドムに加担したこと、そして国王(リ)であるカイルと、私を殺そうとした罪で投獄された。
私はともかく、一国の王を抹殺しようとした罪は、やはり重い。
いくらカイルの護衛をしているウィンの母親だから、そしてカイルの秘書だったからといっても、イングリットさんは一生刑務所から出ることはないだろうと、カイルは言っていた。
自分の母親がしたことに対して、ウィンは最初、護衛を辞めることで、責任を取ろうとしたそうだ。
けど、もちろんカイルがそうはさせなかった。
「おまえは、“自分の目で見たものを信じる。いくら血のつながった母親であろうと、間違っていると思うことに加担する気はない”、そうイングリットに言ったな」
「はい」
「ならばここにいろ。俺はおまえが必要だ」
「・・・リ・コスイレ(国王様)」
そう言って、泣きながら頭を下げるウィンに、「辛い任務をさせてすまなかったな。これからもこのようなことをさせてしまうかもしれん。それでも構わないと言うのであれば、俺の護衛を続けてほしい」とカイルは言った。
あぁ。カイルの物腰がちょっと柔らかくなった気がする。
物言いも丸くなったみたいだし。
以前のカイルだったら、謝るとか頼むって、ものすごく無縁のことのように思えたし。
でも今のカイルも、俺様国王としての威厳は十分ある。
いや、前以上に威厳が増してる。
厚みが出たというか、奥行きが増したというか。とにかくそんな感じ。
今のカイルをますます愛してる。
ううん、カイルを愛する気持ちは進行形で、それは止まることなく、大きく育まれていくだろう。
『・・・わぁきれい』
『でしょう?これ、母様にあげる』
『ん?母様って・・・私のこと?』
『そうよぅ』
『あなたは私たちのお母様だよ・・・』
『母上・・・』
『ママー』
『そろそろ目を開けて。父上が呼んでるよ・・・』
目を開けてって・・・開けたいのに開かないの。
眠たいってわけじゃないんだけど・・・。
もう少しこのままでいい?
もうちょっと待っててね・・・。
『凪砂』
『お、お母さん!?お父さんもいる!』
『久しぶりね、凪砂』
『そうだね・・・ってことは・・・』
あぁそっか。私、死んだんだ・・・。
『凪砂。あなたはどこの世界に属しているの?』
『え?どこって言われても・・・分かんない』
『おまえはどこに行きたいのか、よく考えるんだ』
どこに行きたいのか・・・。
『私・・・』
「・・・・・・ぅ」
「・・ナギサ?」
その時ピクッと動いた私の手を、カイルがギュッと握り返してくれた・・・らしい。
『・・・好きなの。あの人のことが大好き。俺様な国王だけど、とっても優しいの』
『そう。大切な人を見つけることができてよかったわね。お母さんもとても嬉しいわ』
『私、戻りたい。カイルのところへ。私がいたいのは、カイルがいるあの世界。愛する人のそばに、いつまでもずっといたい』
「・・・ル・・」
「ナ・・ナギサ。ナギサ!」
そして私の目から流れる涙を、カイルは優しく拭ってくれたそうだ。
『お父さん、お母さん。私ね、カイルに出会えてとても幸せだよ』
『よかった・・・本当によかった。それだけが私たちの心残りだったから』
『いつかその人に会わせてくれ。だが凪砂。おまえもだが、まだここに来る時じゃないようだ』
『え』
『おまえはまだ、この世界には属していない。さあ帰りなさい。おまえがいたいと思う世界へ』
帰りなさい・・・。
おまえがいたいと思う世界へ・・・。
「・・・ナギサ。あぁナギサ!」
「ぐ!カイ・・・くるし・・・」
「全くおまえには世話が焼ける!一体どこまでテンバガールなんだ!俺は紫龍剣がなくとも、あ奴らごときに殺られはせん!それなのにおまえ・・・おまえは・・・おまえを失ったかと思ってしまったじゃないか・・・」
「ごめ・・ん。ウィンにも言われたのに・・・ごめんね、心配かけて」
「俺は・・俺はお前を護れると・・・己の力を過信していた。やはりあの時おまえをもっと安全な場所へ避難させておくべきだった。ナギサ、すまない。おまえを危険な目に遭わせてしまった」
「ん・・・と、仮に他の場所へ避難しても、そこにも敵がいたかもしれないよ。それにね、私にとって一番安全な場所は、あなたのそばだから。やっぱりあれで正解だったの。ところでみんなは無事?だよね」
「当然だ。ナギサ」
「はい」
「ゴライブ・マイス・アガト(どうもありがとう)、俺を護ってくれて」
「・・・どういたしまして」
あぁよかった。
やっと・・・やっと愛しい人が流す涙を拭くことができたよ、お母さん。
私にしがみついておいおい泣いてる今のカイルからは、国王(リ)としての威厳なんて、かけらも見当たらない。
それにいつもの俺様な態度も、なりを潜めている。
カイルらしくない。
でも私はこの人をとても愛してる。
私はカイルの砂色の髪を優しく撫でながら、「夢見てた」とつぶやいた。
そして、髪を撫でながら話し続ける。
「小さな女の子がお花で冠作ってくれたの。それを持った女の子は、私と同じ黒い髪に、黒い瞳。そしてあなたと同じ目の形をしてた。あなたに似て、とってもかわいい子だったなぁ」
「・・・ということは、最初は女子か」
「かもね。トリクシアって名前だったよ。とても気に入ってるって。カイル」
「なんだナギサ」
「私たち、5人子どもを授かるみたい」
「それだけ授かれば十分だな」
「二番目の子がザッカリー、次はノアでその次の子はリアヌ。男の子が続くから、あなたが女の子がもう一人ほしいと言って」
「・・・そうなのか?俺は別に男女どちらでも良いと思っているんだがな」と、顔を伏せたままブツブツ言ってるカイルは、すっかり泣き止んでいるみたいだ。
「そして来てくれた子は女の子で、アイシス。これで男の子だったら、また女の子がほしいって言いそうだよね」
「言うのはおまえの方だろう」
「・・・かもね」
と私は言うと、クスッと笑った。
「ナギサ」
「ん?」
「俺はもう待つ気はない。おまえの傷が癒え次第、俺たちは結婚する」
「・・・バンリオナ(王妃)教育は?」
「そんなもの結婚後にすれば良い」
「あぁ・・・なるほどねー」
私は「その程度でいいのか」と、あっさり納得した。
「我が王国も、20歳からでないと自由に婚姻はできん。よっておまえをエミリアの母方である、リュベロン家の養女にさせる。だがこの場合、おまえの姓であるカタオカを失うことになるが、それでも構わないか?」
・・・珍しい。
俺様国王が事前に「いいか?」と聞いてくるなんて!
まったく、らしくない。
けど、優しいカイルらしい。
私はニコッと笑っていた。
「どうせあなたと結婚すればマローク姓になるんだし」と私が言うと、カイルはやっと、いつもの余裕の笑みをフッと浮かべてくれた。
「・・・そうだな。ナギサ」
「はい」
「おかえり」
「うん。ただいま」
「グラ・ドゥ。アイシテル。I love you、Nagisa」
「グラ・ドゥ、カイル」
「グラ・ドゥ、ナギサ・・・」
今頃になって、私の目から涙が出てきたのは、いるべきところに帰って来たって実感したから、かな。
何と私はあれから丸4日間、意識がなかったそうだ。
その間ゴタゴタの復旧を進めながら、それ以外の時間はずっと、カイルは私のそばにいてくれたと、後でウィンに聞いた。
聞かなくてもカイルならそうするだろう。
私でもそうするし。
ウィンは今回の件で、かなりの責任を感じている。
私がこうなったのは、自分が十分護衛をしなかったからだと、泣きながら謝ってきた。
いや違うから!
私がこうなったのは、自分の不注意。
油断しちゃったからこうなっちゃったわけで。
だから頭上げなさい!と最後は命令口調で言いつつ、ウィンに自分を責めないよう、何度も言い聞かせた。
ウィンのためにも死ななくて良かった。
私を撃ったのは、シェイラ・バンドムという人だった。
彼女は、元アルージャの独裁者だった、ルイ・バンドムの奥さんだ。
あの時カイルから紫龍剣を投げられたため、私にとどめの一撃を撃つことはできなかったどころか、紫龍剣によって右腕を失った。
シェイラと彼女の子(ルイ・バンドムの子でもある)は、現カーディフに強制送還され、現在は牢獄入りしているそうだ。
ルイはすでに不治の病らしく、このまま独房で寂しく死んでいくのだろう。
どちらにしても、ルイが亡くなれば、アルージャの独裁政治は幕を閉じていたか、クーデターが起こっていた可能性が高い。
ということは、シェイラたちの贅沢三昧の生活は、どのみちそう長くは続かなかったということだ。
そしてイングリットさんは、今回の件の首謀者である、ルイとシェイラ・バンドムに加担したこと、そして国王(リ)であるカイルと、私を殺そうとした罪で投獄された。
私はともかく、一国の王を抹殺しようとした罪は、やはり重い。
いくらカイルの護衛をしているウィンの母親だから、そしてカイルの秘書だったからといっても、イングリットさんは一生刑務所から出ることはないだろうと、カイルは言っていた。
自分の母親がしたことに対して、ウィンは最初、護衛を辞めることで、責任を取ろうとしたそうだ。
けど、もちろんカイルがそうはさせなかった。
「おまえは、“自分の目で見たものを信じる。いくら血のつながった母親であろうと、間違っていると思うことに加担する気はない”、そうイングリットに言ったな」
「はい」
「ならばここにいろ。俺はおまえが必要だ」
「・・・リ・コスイレ(国王様)」
そう言って、泣きながら頭を下げるウィンに、「辛い任務をさせてすまなかったな。これからもこのようなことをさせてしまうかもしれん。それでも構わないと言うのであれば、俺の護衛を続けてほしい」とカイルは言った。
あぁ。カイルの物腰がちょっと柔らかくなった気がする。
物言いも丸くなったみたいだし。
以前のカイルだったら、謝るとか頼むって、ものすごく無縁のことのように思えたし。
でも今のカイルも、俺様国王としての威厳は十分ある。
いや、前以上に威厳が増してる。
厚みが出たというか、奥行きが増したというか。とにかくそんな感じ。
今のカイルをますます愛してる。
ううん、カイルを愛する気持ちは進行形で、それは止まることなく、大きく育まれていくだろう。