真っ白なドレスを着たジェイドさんは、とてもキレイだ。
あっちの世界で言うウエディングドレスと同じような形のロング丈で、胸元に凝った刺繍が施されている。
そしてベールはしていない代わりに、燦然と輝くティアラを頭につけている。

あぁ、ダイヤがあんなにいっぱいついてる・・・!

でもゴテゴテ重たく華美な派手さはなく(頭につけるから重たいのはNGだよね)、シンプルな美しさと輝きを放っている。
ジェイドさん自身の美しさを際立たせるアイテムになってる、って感じ。
ジュエリーデザイナーを目指しているボニータさんって、センスいい!

よく式に参列した人たちが泣いているシーンをドラマとかで見たことあるけど、実際式に参列すると、その気持ちがよく分かる。
幸せいっぱいのオーラで神々しく輝いて見えるジェイドさんとテオを見てると、それだけで感動して、私は泣きっぱなしだった。

あぁ、せっかくメイクしてもらったのに・・・ごめん、ヒルダさん。
メイクが崩れないように泣くコツなんて、普段メイクしない私にはさっぱり分からない。

隣にいるカイルから、そっとハンカチを手渡された私は、自分なりにメイクを崩さないよう、ハンカチを押し当てるように涙を拭いた。

「この程度でそこまで泣くか」
「う・・だってぇ・・・」
「俺たちの式の時にはどうする」
「は?いや、その時は多分、緊張して泣くどころじゃないんじゃない?」

一応一生懸命考えて答えたんだけど、カイルと、近くにいたエイチさんや護衛の二人まで、クスクス笑っていた。


式後のパーティーでも、私はもちろんカイルと一緒の席に座らされた。
まぁ、私に最初っから拒否権なんてないの、分かってるし・・うぅ。

その席は、もちろんマローク家の親族一同が集っていて、そこの親戚さんをはじめ、周囲にいる高い身分とおぼしき人たちの好奇の視線を存分に浴びせられた。

でも悪いことばかりじゃない。
テオの妹で、カイルの異母妹に当たるボニータさん(と、ボニータさんの彼氏さん)とやっと会えたし、カイルたちのお父様のスカイラー様をはじめ、カイルのお母様のオフィーリア様や、テオとボニータさんのお母様のナディーン様にもまたお会いできたし。

残念ながら、エミリアさんとジグラスさんは欠席だった。
前ジェイドさんが言ってたとおり、エミリアさんはいつ子どもが生まれても大丈夫な時期に入ったから。
ていうか、出産予定日は明後日らしいし!

子どもが生まれて落ち着いたら会いに行くと、お祝いメッセージを読んだ司会者が言っていた。

ジェイドさんは、紫色のお花ばかりを集めたブーケを持っていたけど、イシュタールの結婚式では、いわゆるブーケトスはなかった。
ボニータさんに聞いてみたら、「そういう風習はないのよ」と言っていた。

そのブーケは、誰にもあげずに、花嫁さんが大切にキープしておくそうだ。
ドライフラワーにはせず、生花のまま、できるだけ長持ちさせる。
するとその分相手と長く一緒にいられるんだとか。
面白い考え方だ。

そして、紫のお花のブーケは王族専用らしい。
カイルはそのお花から一輪、私の髪飾り用に、もらってきたそうだ。

いいのかなと思ったけど、「幸せのおすそ分けだから」と後でジェイドさん本人から聞いて、ホッとした。


「結婚式では民族衣装着ないんだね」
「あれは普段着だ」
「あ、そっか」
「おまえは結婚式に出席したのは初めてか」
「うん!私、まだ19だからね。結婚した友だちはいなかったし、バイト先のおばちゃんたちはすでに結婚してたし。結婚した親戚もいなかった・・あぁごめん!またあなたの足踏んじゃった」
「構わん」

・・・まさかカイルと一緒にダンスをすることになるなんて。
そんなの聞いてないし!!

思ったとおり、私のダンスはめちゃくちゃ下手で、カイルの足を踏んでばかりだ。
だからつい足元を見てしまうと、カイルに顔を上向かされる。
カイルの足を踏まない、転ばない、と言い聞かせながら、とりあえずカイルのリードに従っているけど、自他ともに認めるくらい、動きは超ぎこちない。

あぁ、こんなんじゃあ、無駄に目立ってしまう!
それにこんなのがカイルの相手をしてるなんて・・・この人に申し訳ない・・・「あぁまた!ごめ・・んんんぅ」!

「次謝るとまたキスしてやる」
「No!Thank you very much !!」

それこそ無駄に目立つ!
ほら、周りからクスクス笑いも聞こえてくるし、カイルも笑ってるし!

「型は気にするな。俺と踊ることに集中しろ。そして踊ること自体を楽しめ」
「そんなこと・・・言うのは簡単だよ?」
「ならば踊れば良いだけだ。簡単ではないか」
「うー」
「そうだナギサ。簡単だろう?」
「うーん・・・・・・・・・ぅん」

周りを気にせず、音楽に乗って体を動かす。
カイルのリードに合わせようと考えず、カイルと一緒にダンスをする。
それでいいじゃない。

だって楽しいから!

私は目の前で揺れ動く紫色の蝶ネクタイを見ながら、「ゴライブ(ありがとう)」とつぶやいた。
途端、カイルが握っている手に力を少し込める。

「後でもっと楽しもう、テンバガール」
「ぶっ。何を、って一応聞いてもいい?」
「この場で言ってほしいか」
「いやいや!言わなくていい・・・」と言ってる途中、遠くから爆発音が聞こえた気がした。

カイルも聞こえたのか。
いや、この場にいるみんな聞こえたみたいだ。
全員その場にじっとして、生演奏もピタッと止まった。

と思ったら、地面がグラグラ揺れ始めた。

「な、なに・・」
「伏せろ!ナギサ」
「う・・きゃああ!」

よろめいた拍子に、繋いでいたカイルの手が離れた。
尻もちをついた私は、慌てて手を伸ばしたけど、カイルに届かない。

ていうか、カイルがいない。

建物にヒビが入りだした。
ここにいたら危険だ!

そのとき、背後から抱きしめられた私は、思わず「きゃああ!」と叫んだ。
「ナギサ!」というカイルの声が遠くから聞こえる。

「カイ・・ル!カイ・・・」
「シーッ」

この声は・・・「・・・ウィン?」。

ウィンは小柄な私を軽々と抱き上げると、「今から安全な場所へ移動します」と言った。

抱き上げられた私は、条件反射的にウィンの首に手を回してつかまっている。
けど・・・いいの?

何かひっかかるのは・・・なんでだろう。

でもこの場から避難しなきゃいけないことは私にも分かるし、パニくってる人ごみの中を私一人でこの場から避難するのは、正直難しい。

どちらにしても、私の同意なんて待たずに、ウィンはもう移動し始めている。
命がかかっているんだ、そんなこと関係ないよね。

ウィンは人ごみや崩壊し始めている建物など気にせず、私を抱いたままスイスイと歩いて行く。
さすが元SU(エスユー)所属。
さすがカイルの護衛・・・「あ」。

そうだよ。
ウィンはカイルの護衛をしているのに、なんでカイルじゃなくて私を助けてるの?

かすかなひっかかりは、それだったんだ。


「ウィン。私のことなんていいから、カイルを・・・」
「あの御方なら大丈夫。これくらいのことでは死にませんから」
「それは分かるけど。でもあなたはカイルの護衛・・・」
「ナギサ様、すみません」
「は?」

と言ったのと同時に、腹部にものすごい痛みを感じた。

え。これ・・・なんで・・・?

薄れ行く意識の中で、誰かが見える。
あぁこの人・・・イングリットさん・・・。

『ウィン・デルボーを信じるな』

ごめん、エイチさん・・・ウィンは・・・ウィンも・・・。

「やっと捕まえたわね。連れて行くわよ」
「ああ」
「・・・ウィ、ン・・・」

「黙れ」と言ったウィンの声が最後に聞こえた。
そしてニンマリ笑ったイングリットさんの歪んだ顔が見えたのを最後に、私の意識はそこで途絶えた。








「う・・・」

体が揺れてる。
私・・・あぁまだウィンに抱きかかえられたままだ。
そして、ウィンとイングリットさんはどこかへ移動中らしく、歩いている。

「ウィ・・」

ウィンに殴られたおなかがまだ痛む。
なんせ気絶するほどだったし。
だからか、目が覚めてもおなかから声が出ない。

とりあえず、しがみついてるウィンの気を引こうと、手に力を入れてみたけど、殴られたせいか、力もあまり入らない。
それとも、私の腕力なんて元々こんなものなの?

でもウィンは気づいてくれたのか、私を見た。
そして声を出さずに「静かに」と口を動かすと、両目をパチッとつぶってみせた。

ん?これは・・・「静かに。気絶したフリしてろ」って意味・・だよね?

何だかよく分かんないけど、ウィンの言うとおり(と思う)にした。
私が気がついたことを、イングリットさんに知られるのはまずいと思ったし。
仮に今もがいてウィンから逃げ出しても、逃げ出せるのかも分からない。
大体、今自分がどこにいるのかもよく分からないし。



それから数分か、5分か、それとももっと歩いたのか。
ウィンが止まった。
ということは、イングリットさんも止まったということだ。

どこかに「着いた」ってこと?

私は恐る恐る目をコソッと開けて、周囲を見た。

ここは・・・王宮の敷地内じゃない。
そうだよね。
結婚式は王宮でしてないし。
移動時間を考えると、王宮への道のりはまだ遠い。

でもここはまだ、イシュタール王国内のはず。
私のピアスに反応して、ものすごいサイレン音は鳴ってないし。
それともさっきの爆発で、管理機能が壊された?
でも・・・距離的に考えて、管理センターが爆破されたはずはない。

どっちにしても、今私がいる場所に、がれきの山はなし、道路もいつもどおり整備されている。
ということは、この辺りを爆発したんじゃないってことか。

そのとき、「早く小娘をトランクへ乗せなさい」というイングリットさんの声が聞こえたので、私は慌てて目をつぶった。