「あのぅ。カイ、リ・コスイレ・・・」
「それから俺のことは今後、どこにいてもカイルと呼べ」
「ええっ!?さすがにそれはちょっと・・・」
「Call」
「う・・・・・・分かった・・・カイル」

ちょっとちょっと!
カイルがこの場でこんなことを言うのは、私をいたぶりたいからなの?
ああぁ、この人の顔がなんとなーく面白がってるように見えるのは、気のせいだと思いたい・・・。

「これはおまえだけに許してやる特権だ」
「いや別にそんなのいらない・・・」と言う私を、俺様国王は当然丸無視した。

てことは、これは決定事項ですね、えぇ・・・。

「じゃあな、ナギサ。また後で」
「・・・はぁぃ。気をつけてね」

ふてながら、一応いつもの言葉を言うと、カイルはフッと笑って美人集団のほうへ数歩歩いた。

「リ・コス・・・」
「これの花壇がある場所へおまえたちが出入りすることは、引き続き禁ずる」
「え」という私の声に、美人集団のざわついた声が重なる。

何それ。カイルってば、そんな禁止令を出してたの!?
初めて聞いたんですけど!

「場合によっては、王宮の庭をうろつくことすら禁じてやろう」

見事なまでの上から目線な命令口調に、もはや感心してしまう。
でもそう言われた美人さんたちは、頭を下げたまま「かしこまりました、リ・コスイレ」と口々に言った。

うわ、不服丸出し。
でも同時に、国王(リ)であるカイルを恐れる気持ちも丸出しだ。

てか、「場合によっては」って、「どんな場合」を指すのよ!

「俺の楽しみの邪魔をする奴は、誰であろうと容赦なく斬る」とカイルが言った目線の先は、私を突き飛ばした美人さんに向いていた。

・・・あ、そうか。
この人がやったって、カイル、知ってたんだ・・・。

カイルのことが好きだからなのか、単に俺様国王の視線が鋭すぎるのか。
それとも、自分がしたことに覚えがあるからなのか。
どうやら美人さんは、頭を下げていてもカイルの視線を感じてるみたいだ。

カイルに見られている美人さんの体が強張ったのが、私にも分かった。

さらに「覚えておけ」とカイルに畳みかけられた美人さんは、体を精一杯縮めるように体をビクつかせた。

あぁ分かるー。
カイルに睨まれてるときって、存在消しちゃいたいと思って、つい体を縮こまらせちゃうのよねぇ。

それにしても、カイルに存在丸無視されるのと、凍るように冷たい口調で声をかけられるのと、どっちがいいんだろう。
とにかく、ここまで冷たいカイルの声を聞いたのは、これが初めてのような気がする。

それだけこの人は怒ってるってこと・・・?

そのとき、隣にいたジェイドさんが「行くわよ」と囁いた。
そして私の手を取ると、カイルとは反対方向へ歩き出した。



華やかな集団はもちろん、周囲に誰もいないのを確認したジェイドさんは、ホッと一息ついた。
と思ったら、クスクス笑いだした。

「ジェ、ジェイドさん?」
「あははっ!全く・・・どこまで目立ちたがりなんだろうねぇ、あいつって」

「あいつ」ってもちろん、「キングオブ俺様・カイル」のことよね。
ていうか、もしかして今の・・・。

「演技ってこと!?」
「うん」
「えっと、どこまで・・・?」
「もちろん全部よ」
「ええっ!?じゃあ頭を下げる必要がないとか、カイルと呼べとか・・・」
「あいつのアドリブまで私は知らないわよ。後で本人に聞いてちょうだい」
「うん・・・」

俺様国王に見事、からかわれちゃったよ!

「とにかく、あいつらが誰に怪我をさせたのか、思い知らせる必要があるってカイルが言うからさ、私も協力したってわけ」
「そぅ・・・」

カイルが私の腰と手首の痣を見たとき、ただ一言「分かった」と言ったのは、こういうことだったのか。

「まずはあいつらの動向をチェックして、今日あいつらがあの時間帯にあそこへ行くのが分かっていたから、あらかじめ“待って”たの」
「あ・・・それで私たちはあの場所へ行ったのか・・・。あそこは人通りが多いほうだから、普段避けてたんだけど・・・それでね。なるほど・・・」
「ごめんね。あなたのことを騙したみたいで」
「ううん!いいの!それは大丈夫!!だけど正直、なんか妙な気分。って悪い意味じゃなくて!」

怒ってないとジェイドさんに分かってもらうために、私は慌ててそう言った。
ホント、今の気持ちは「妙」としか言えない。
でも悪い意味じゃないのは確かだ。

「後、私がカイルに言われたのは、その時王族の民族衣装を着ておくようにって」
「え!」
「それであなたにも着てほしいって言っといてってヒルダに頼んでおいたの」
「あ・・・あぁ、そぅ・・」

ジェイドさんが今日、紫が入った民族衣装を着てるのは、てっきりこれからあるバンフリオンサ(プリンセス)教育上必要だからだと思い込んでた。
けどよく考えてみたら、ジェイドさんは一言もそうだとは言ってなかった・・よね。
それにヒルダさんだって、ジェイドさんから言われたって「ホントのこと」を言ったわけだし。

うーん。俺様国王はどこまでも策略家だ。
知らないうちに完璧乗せられちゃった。

「とにかく、これからは誰もあなたに危害を加えようとはしないと思う。進んで国王(リ)を激怒させるような、命を粗末にする奇人でない限りね」
「あ・・・ははっ」

なんかもう、冷や汗出そうなくらい、そのセリフに納得なんですけど!

「これであなたは国王(リ)の寵愛するただ一人の女性で、結婚を視野に入れてるってことが王宮中に知れ渡ることになるから・・・」
「えええっ!なんで、っていうかやっぱり・・・?」
「口コミで広まるスピードは早いのよー。きっとカイルもそれも計算してたんじゃないかしら」

つまりはウワサってことか・・・うぅ。
もうすべてに納得だーっ!




その日の夕方。
私は、部屋に来たカイルに、開口一番こう言った。

「ゴライブ(ありがとう)」

カイルは片眉上げて私を見ると、フッと笑った。
そしてあっという間に私との距離を縮めて、唇にキスした。

「威勢良く怒鳴るかと思ったが」
「うーん。結局のところ、あなたは私を護ってくれたわけだし。ホント言うと、あの花壇は滅多に人が来ないこともお気に入りの場所の理由でもあって。だからあの時あの人たちと初めて花壇で遭遇したのは・・・嫌だなって・・・でもそんなことをあなたに言うわけにもいかないって・・・」
「おまえは怪我をさせられたことよりも、あの場を侵害されたことの方が嫌なのか。つくづくおまえは変わった女だな」とカイルはあきれ声で言った。

「だ、だって。あの人だってわざと突き飛ばしたんじゃない・・と思うし。私が非力だったから・・・」
「嫉妬は時に罪を犯す原動力にもなる。故に俺はそれを逆に利用して、あ奴らに教えてやっただけだ」

私は「なにを?」と聞きながら、私より30センチ背が高いカイルを仰ぎ見る。

「国王(リ)である俺に敬意を払うのであれば、未来の王妃(バンリオナ)であるおまえにも敬意を払えということだ」
「あ・・・それで紫が入った民族衣装を着せたり、頭を下げる必要はないって言ったり、いつでもカイルと呼べって言ったりしたんだ」
「身分を重んじる奴らには、身分を通して教えれば理解もし易い」

国王であるカイル自身は、「身分はあってもなくてもどうでもいい」くらいにしか思ってないのに。
逆説的っていうか、うまく利用してるっていうか・・・。

やっぱりこの人って賢い。

「念のために言っておくが、あの場で言ったことはその場限りのことではないぞ」
「・・・はい?」

ってどういう意味なんだろ・・・。
と思った矢先、カイルの眉間にしわが寄って、すみれ色の瞳で睨まれた。

「・・・やはりおまえには言わなければ通じんか。おまえは今後俺と王宮で会っても、頭を下げる必要はない」
「え」
「もちろん、俺のことはいつでもどこでもカイルと呼べ」
「いやだから!それって演技・・・」
「おまえだけに許してやる特権だと言ったはずだ」
「だからそんな特権いらないって言ったでしょ!その場のアドリブで終わらせてよ!私は無駄に目立つことが嫌なのよ!いい加減そこ分かってよ!大体、公式訪問の場とか他国の統治者がいるところで、あなたのことを名前で呼ぶのは失礼で、んーっ!」

腕を組んでニヤニヤしながら私が言うことを聞いてたカイルは、私が最後まで言い終わらないうちにキスで私の唇を封じた。

「そ、そんなので、ごまかせないんだからねっ。ていうか、なんでニコニコしてんのよ」
「そのときはリ・コスイレ(国王様)と呼んでも良い」
「はあ?なんのことよ」
「おまえはバンリオナの立場で物言いをしたと気付いてもいないのか。やはりおまえは俺のテンバガールだ」
「なにそれ。全然分かんない」

けどカイルが嬉しそうだから・・・ま、いっか。