試験が無事に終わったこと。
そして「コウさん」こと荒木さんのことをカイルに話したことで、無駄に背負っていた心の重荷が降りたのか。
とにかく、「いろんな区切りがついた」みたいな安堵感がドッと出てしまったらしい。
結果私は、試験が終わった日から2日間、引き続き熱を出して寝込んでいた。
その間、花壇の水やりと種のお世話は、ヒルダさんにお願いした。

夜はカイルの部屋のベッドで寝る。
私を連れて行くのは、もちろん「俺様国王」、カイル。
風邪みたいに移る病気じゃないから、その点は安心なんだけど、一応躊躇してみたら・・・。

『おまえごときから病気が移される?この俺が?』と言われた後、鼻で笑われてしまいました・・・。

でも一緒にいれば、看病させてしまうのは必須で。
公務で多忙なカイルには、せめて寝る時くらいはゆっくり休んでほしいのに。
動けない程じゃないし、自分の部屋で寝たほうがいいと思うと言ってみたら・・・。

『構わん』
『でもカイ・・・』
『俺はおまえがそばにいないと、ぐっすりと眠れなくなった。だから俺のそばにいろ』

とまで言われてしまうと、もう反論もできなくて・・・。

寝込んでいるとは言っても、37度台の状態が続いていたからなのか、解熱剤は飲ませてもらえなかった。
「熱を出しきって治すため」らしい。
その方が早く治るとカイルやヒルダさんから言われて、「そうなのかー、でもなんかボーっとするー」って感じで、とりあえずうなずいておいた。

そのおかげで、「たった2日間で平熱に戻った」と解釈できないこともない。
ううん、そう思うことにした。

編入試験が終わって結果待ちの今、しなければならないことは何もない・・・あ、種たちのお世話があった!
でもそれって、「しなければならない」って言うより、「すること」っていうか。
同じ義務的な表現でも、私的には微妙な違いがそこにはある。

「ま、そーゆーのはどーでもいっか」とつぶやきながら、復活した私は、花壇に行ってお水をあげていた。

あれから、華やかな後宮集団はこの花壇に来てないし、偶然でも会ってないのは非常に助かる。
でも・・・あの人たちにこの場所を知られたことは、やっぱり嫌だ。
だからと言ってカイルに言うのもなぁ。

「大体何て言うよ。“ここは誰にも知られたくない場所なの。種たちも守りたいし。だから誰にもこの辺に来させないで”って言う?いや、いっそのこと、“後宮の美人さんに突き飛ばされて花壇で腰ぶつけたの。それでカイルとのエッチに支障をきたしちゃったから、ここ出入り禁止にさせてよ“とでも言ってみるか・・・」

でも、実際言ってみた時点で、特に後者は言わないほうがいいと思った。

誰にもこの辺には来てほしくないというのは、私の本音だ。
種を守るためっていうのもあるけど、この辺りは滅多に人が来ないから、ひとりで考え事をしたり、ボーっと憩える場所でもあって。
つまりここは、私のお気に入りな場所なわけで。

でも王宮の庭は、王宮にいるみんなが共有しているスペース。
私の・・いうなれば「ワガママ」を、国王(リ)であるカイルに言えば、カイルは私の言うことを聞くかもしれない。

だったらなおさら言うわけにはいかないでしょ。
何より告げ口めいたことを言うのは、私の性に合わないし。


「・・・結局、あの人たちが来ないことを願うしかないか。それに、もしあの人たちが来たら、今度はすぐに退散すればいいんだ」

うん。そうしよう!

自分なりに解決策を見つけた私は、それだけで元気が出てきた。
と思っていたものの・・・。


それから2日後。

「ヒルダさん・・」
「なんでございましょう、ナギサ様」
「この服・・・紫入ってますけど!」
「そのようでございますねぇ」

焦る私とは対照的に、ヒルダさんはのほほーんとした感じで受け答える。
もう。ヒルダさんってば、他人事みたいに・・・ってそりゃまあ他人事だけどさ。

服を握りしめて着るのを躊躇している私の手の上に、ヒルダさんが自分の手を重ね乗せた。

「本日はジェイド様、あーっと、“今まで通りジェイドと呼んで”と言われたんでしたっけ。とにかくジェイドからナギサ様と“お揃いにしてほしい”と頼まれたのでございますよ」
「え?ってことは、ジェイドさんも紫色が入った服着るの?」
「いつもかどうかはワタクシにも分かりませんが、少なくとも本日は、はい」
「そう・・」

握りしめてる服に視線を戻すと、ヒルダさんのぽっちゃりした手が見えた。

「ですからナギサ様。本日だけでもこちらの御衣裳を御召しになってはいかがですか?ジェイドも心強いかと、はい」とヒルダさんは言うと、私の手の上に乗せている手をトントンと優しく叩いた。

あぁ。またヒルダさんに励まされちゃったよ、お母さん。
それとも、お母さんがヒルダさんを通して励ましてくれたのかな・・・。


観念して着たイシュタールの民族衣装には、そこまで紫色が入ってなかった。
ひとまずホッとする。
それでもやっぱり外へ出るのは何となく嫌で、午前中はずっと部屋にいた。
そして部屋でお昼を食べた後、ジェイドさんと待ち合わせをしている場所・・・王宮の庭のとある場所へと歩いて行くと、ジェイドさんはすでに来ていた。

「ナギサーッ!」と言いながら手をふってるジェイドさんは、女神のように美しい。

「ジェイドさーん」
「久しぶり。ごめんねー、お見舞い行かなくて」
「いいのいいの!ていうか、たぶんだけど、カイルがダメって言ったんじゃない?」
「あ・・・あはっ、アハハーッ!」とジェイドさんがごまかし笑いをしたところを見ると、やっぱりカイルが阻止していたらしい・・・。

「あそこのベンチまで歩きましょう」
「うん」

ゆっくり歩き出した私たちは、最初、お互い周囲の景色を見ることに専念した。
別におしゃべりしなくても、その沈黙が心地良く感じる。
でもそれから少しして、ジェイドさんから会話を始めた。

「とにかく元気そうでよかった。もう大丈夫?」

ジェイドさんは体のことだけを聞いてるんじゃない。
前会ったとき、すごく心配してくれてたし、「悩みがあるなら私に言ってもいい」とまで言ってくれた。

荒木さんにスマホをあげたことはテオにも言ってる。
だからそれだけで、テオは荒木さんが漂流者だと知ったはずだ。
それに荒木さんのことは、カイルにも全て話した。
だから私はジェイドさんにも荒木さんのことを話した。

もしかしたら、テオかカイルからすでに聞いてるかもしれないけど、ジェイドさんは時々相槌を打ちながら、熱心に聞いてくれた。

「・・・そっか。あなたが誰にも言えなかったって気持ちはよく分かるわ」
「ゴライブ(ありがとう)」と私が言うと、ジェイドさんは励ますようにニッコリ微笑んでくれた。

「漂流者については、まず危険人物かどうかを徹底的に調べ上げる。そうじゃないと判断されれば一国民として受け入れられるっていうのが、大方の国のルールみたいよ。でもまあ、このことは機密事項にしている国が多いからね。国によってルールは違うかもしれない。その点シナ国は漂流者に寛容だと聞いてるわ」
「へぇ」
「国土が広い国は、その分漂流者が流れ着く可能性が高くなる」
「だからシナには漂流者が多い」
「そういうこと」
「じゃあ私がシナへ行こうとしたことは、間違ってなかったってことよね?」
「・・・それ、あいつの前で言ってみなさいよ」
「言わないっ!ぜったい言わないもんっ!」

私たちは顔を見合わせてクスクス笑った。
そしてちょうどベンチに着いたので、私たちは歩くのをやめて腰かけた。

「とにかく、アラキさんは、シナでも酷い目には遭ってないと思うわよ。それにイシュタール(ここ)では犯罪めいたことに手を染めてないみたいだし。一応その人のことを調べるかもしれないけど、あいつだってどうこうしようとは思わないんじゃないかな」
「身元調査とかそういうの、ジェイドさんも聞かされるの?」
「うーん、場合によりけり。でも今のところはアラキって人の調査をしろとは言われてないし、そういうウワサも聞いてない」
「そう・・」とつぶやくと、私はうつむいてしまった。

「大丈夫。もしカイルが彼のことを調べると決めたら、まずはあなたに言うんじゃない?」
「あ・・・」

うつむいていた私は、思わずジェイドさんの微笑む美人顔を見た。

「あいつはそういう人よ」
「うん・・・そうだね」

そのとき、王宮で働く女性たち4人が、私たちの前を通った。
彼女たちが私たちとすれ違うとき、ペコリと頭を下げたのは、やっぱり紫が入った民族衣装を着ているせいかもしれない。

だって、普段の民族衣装か、町へ行くときの服のときは、私に頭を下げる人なんて一人もいないし。
ていうより、近くで誰かに会うことが滅多にない。

だって私が見つけたら、すぐに方向転換して逃げちゃうから。

「あーあ。やっぱりこの服って窮屈よねぇ」と言うジェイドさんの声がうんざりしてるように聞こえた私は、クスッと笑った。

ジェイドさんがサイズのことを言ってるんじゃないってことは、私も分かる。
どうやら、ジェイドさんと私が考えてることは同じみたい。