全てを脱ぎ終えたカイルは、逞しい肉体美を惜しげもなく披露すると、いつもどおり、私と向かい合わせに寝た。

「・・・まだビエナ国だと思ってた」
「おまえの試験が終わる日に帰れるよう、スケジュールを調整した。できれば大学へ迎えに行きたかったが、それは間に合わなかった」
「そう」

「間に合わなかった」と言うカイルのセリフを聞いた私は、「お帰りなさい」という代わりに、なぜか泣きたくなった。

私はカイルのすみれ色の瞳を見ないようにしながら、逞しい二の腕や胸板を少しの間撫でていた。
カイルは私に撫でられるまま、じっとしている。
まるで私が話すのを待ってるように。

「試験、できたと思う」
「そうか」
「コウさん・・・漂流者なの」
「そうか」

その変わらないカイルの口調に今は安心して、私は話し始めた。

「コウさんは私と同じ日本人でね、荒木さんって言うの。あっちに奥さんと息子さんがいて、帰る方法をずっと探してるって言ってた。30年も。そのときの顔がとても寂しそうで・・・分かるんだ。私も・・・」
「おまえは日本に帰りたいのか」と聞くカイルを、私は無視した。

「私のお父さんとお母さん、15歳のときに事故で亡くなったの。いつもと変わらない日だった。だけど、お父さんとお母さんは突然いなくなった」
「・・・それからおまえはどうなった」
「その当時私はイギリスに住んでいたけど、そういうことになったから日本に帰った。それから高校を卒業するまで、お父さんのお兄さん、私にとっては伯父さんに当たる夫婦が私を育ててくれた。大学はそこからだと遠いから、アパートでひとり暮らししてたの。生活費と学費は伯父さん夫婦も出してくれたけど、それじゃあ申し訳ないから私もバイトして。いきなり連絡途絶えて、伯父さんと伯母さん、心配してるよね。友だちだって、バイト先の人たちだって・・・」

温もりと助けを求めるようにカイルへすり寄っていた私を、カイルは抱きしめてくれた。

「今日荒木さんにね、スマホあげた。あれがあれば、荒木さんは帰れるかもしれない。絶対とは言えないんだけど、でも・・・荒木さんには無事日本に帰って、奥さんと息子さんに再会してほしいの。伝えたいことを言わないまま別れるって、すごく心残りじゃない?私だって、お父さんとお母さんともっと一緒にいたかったし、“ありがとう”って全然言ってなかったし・・・寂しいし。だから最初、ここは死後の世界で、お父さんとお母さんに会えると思った。現実逃避をしたことはなかったつもりだけど、私が創った幻想の世界なのかもしれない。あなたもイシュタール王国も、みんな幻で、目が覚めたら私は元いた世界に戻ってる・・・」
「俺はおまえが生み出した幻ではない。感じるだろう?」
「・・・うん」

私の右手の下から、カイルの鼓動は確かに伝わってくる。

「おまえは今、この世界で生きている。俺のそばで。それがおまえの現実だ」
「うん・・・そうだね。荒木さんに頼んだの。無事に帰れたら、スマホに登録している誰かひとりに連絡取って、私は元気だと伝えてほしいって。そしたらその人が他の人にも伝えてくれる。時間はかかるかもしれないけど、伯父さんと伯母さんにも伝わるはず」と言いながら、私はカイルの脇腹をそっと撫でた。

「みんなに会えないのは寂しいよ。でも私が元気だってことを知っててくれればそれでいい」
「そうか」

カイルの顔が近づいてくる。
私は咄嗟に唇の前に手を置いた。

「何をしている」
「だっ、だって、私熱あるし・・・」
「キスをするのに関係ないだろう」
「え?そうな、んんっ」

ああぁ、カイルに移る・・・あ、でも風邪じゃないから移らない?
てことは、カイルが言ったとおり、キスしても関係ない・・・のかな。

「ナギサ」
「はい」
「俺は嬉しい」
「・・・なんで」
「おまえが抱えていた悩みがやっと分かったからだ」

そうカイルは言うと、またキスしてくれた。

「俺はおまえが話すのをずっと待っていた」
「カイル・・・」
「たとえこれは些細なことだとおまえが自分で勝手に決めたことでも、どんなことでも良い。俺に話せ。俺に出来る事なら、おまえを助けることができる」

私はカイルの女だから、私を護ることが義務だと、以前カイルは言った。
それに自分は国王として、国と国民の平和を統治する役目があるとも言った。

カイルは優しい。
でもその優しさは、自分が私を拾ってしまったから面倒見なきゃいけないという義務感から来てるのかもしれない。
俺様国王は正義感もめちゃくちゃ強いし。

「あなたは・・・国王(リ)で、面倒見がよくて責任感が強いから・・・」
「そうだな。今まで俺は国王(リ)という役職をただ受け入れていただけだったが、その立場を利用することでおまえの役に立てるなら、俺はその力を使うことも厭わん」
「う・・・ん・・・」
「一人で抱え込むな。俺はおまえの力になる。だから俺のそばにいろ。おまえの体も心も・・・全て」

・・・嬉しかった。
私にこんなことを言ってくれた人は、カイルが初めてだから。

好きな人からそう言われて、私は尚のこと嬉しかった。



熱があるから、体がだるくて動くことが億劫だ。
カイルもそれが分かっているのか、いつも以上に積極的に自分から動いてくれた。

いつもより意識は飛びがちだけど、カイルの手や舌の感触を、いつも以上に感じるのは、解熱剤が効いてるから?
でも・・・熱い。
カイルの体はいつもどおり熱い・・・「いたっ」!

すかさず私の上に乗ろうとしていたカイルの動きがとまった。

「どうした」
「ごめ・・そこ痛いから触らないで」

そういえば、腰の右側痛いんだったと、カイルに触れられて思い出した。
カイルはその恰好のまま、鼻をクンクンさせると、私の左手を優しく掴んだ。

「・・・ここもだな。痛み止めの塗り薬の匂いがする」
「え!?何も匂わないけど?」
「だからだったのか。おまえの匂いをあまり感じなかったのは」
「はぁ?」

ていうか、この人、犬!?
じゃなくって、犬並みの嗅覚持ってるの?!

ていうか、「おまえの匂い」って何ですか!!

「ここは・・・痛むか」
「あ、っと、手首はあんまり。腰のほうが痛い・・・」
「何があったのかは明日聞くことにしよう」

「以上」って感じでカイルは会話を終わらせると、すぐに私の中へ入ってきた。


「あぁカイル・・・!」
「ナギサ・・・」

私の右腰に注意しながら動くカイルから、優しさを感じる。
俺様な国王なのに、とても優しい人。それがカイルだもんね。

その優しさがとても嬉しくて、自然に私の目から流れ出る涙を、カイルが舌で拭い取ってくれた。
そして頬や額のあちこちに、そっとキスしてくれる。
伸びかけてるひげが肌にチクッとすることすら心地いい。

「・・・love you・・・I・・・ love you、Nagisa・・・」
「Ai・・・I love you 、too・・・Ky・・ le・・・・Ah!!」

・・・今まで何度も「好き」と言った。
そして彼も「スキ」と言ってくれた。

でもその「好き」は、私の心の中で「愛してる」という思いに大きく育っていたんだ・・・。

やっとそれに気がついた。
気づかせてくれたのは、私のそばにいてくれるカイルだった。









「打撲か」
「うん。花壇でぶつけちゃって」

朝起きると、目の前にカイルのイケメンどアップ顔があった。
嬉しいビックリだけど、今朝はすぐお布団をはぎ取られて、右の腰を見られてしまった。
そしてただ今尋問中、というわけだ。

「ほう」というカイルは、なんでもお見通しって顔してる。
もしかして、ヒルダさんかイングリットさんから聞いたのかな・・・。

「それでその痣か」
「え、えぇ・・」
「この色からして2日、いや3日前に出来たものだな」
「うわ。なんでわかるの」
「俺を誰だと思っている」

あぁそうでした。あなたは俺様国王でした。
尊大な斜め上睨み目線もバッチリ決まってます・・・。

「そしておまえは左手首も痛めた」

って尋問まだ続くんですか!
あぁ、責めるようなカイルの視線がチクチク痛い。
そりゃあ、私の不注意でエッチに多少の支障をきたしてしまったのは認めるよ?
でも一応病み上がりの怪我人なんだから、ちょっとは手加減してほしい・・・。

「はぃ・・」
「おまえの花壇で」
「ぅ・・ん。でもイングリットさんが病棟へ連れて行ってくれたし、ヒルダさんも看病してくれて、とても助かった・・・」

私が言い終わらないうちに、カイルは私に布団をかけると、ドアへ向かって歩き出した。
でもまた私のところへ戻って、唇に3回キスしてくれた。

「分かった」
「・・・はい?何が?」と一応聞いてみたけど、俺様国王はもちろん丸無視して行ってしまった・・・。

うーんっと、「分かった」の意味が、私には全然分からないーっ!