「あ、あの、カイルッ!」
「なんだ」
「私に会わせたい人って・・・」

か、家族・・・。マローク家、ですか・・・?
なんか、話がめちゃくちゃ大きくなってる気がするのは私だけ?!

「エミリアは今安定期に入ったこともあって、里帰りをしているところだ。一昨日の夜、俺が空港まで迎えに行った」
「あのとき・・私の部屋に来た後すぐ?」
「そうだ。エミリアの里帰りは、機密事項レベルではないが、非公式扱いとしている。今のあれの故郷となったカーディフの情勢を考慮してな」
「カーディフは、アルージャの領土も含めて、新しく国を建て直すんだよね」
「その通り。故に今の内にイシュタールへ帰ってゆっくりしてこいとジグラスが送り出したらしい」
「帰れるときに家族に顔を見せておきなさいってことか」

でもその中に、私が入ってもいいのかな。
かなり大それてるように思うんだけど・・・。

「イシュタール(ここ)に着いた日は夜遅かった。空港からだと王宮の方が近い上、身重のあれに長時間、長距離の移動をさせる必要はない」
「それでエミリアさんには王宮に1泊してもらったんだ」

カイルは「そうだ」と答える代わりに、セクシーな唇をニヤリと上向かせて肯定した。

「俺もエミリアに話がある」
「あ、そう・・」
「テオとジェイドは父上たちに結婚をする報告をしに、昨日から南へ行っている」
「そうなんだー」
「あれらにも会えるぞ」
「よかった」

少なくとも、カイル以外で知ってる人たち・・しかも友だちレベルに仲が良い人たちがいるのは心強い。

「難しく考えるな。おまえに面倒くさい“社交”をさせるために、南へ行くのではない。俺の両親とは顔を合わせる程度に会えばそれで良い。それに、テオの母で父上の第二夫人であるナディーンに会うことはないだろう」
「そ、そうなの・・・?」
「たぶんな。ナディーンは面倒くさいことを非常に嫌う」
「あぁ・・・そう」

その「面倒くさいこと」の種類、というか、意味が、私にはよく分からないんだけど・・・。
会わなくていいんだったら、その方がいいかもしれない、うん。

「俺だって母上に会うのは楽しみだが、父上に会うのはついでだ」とカイルが真顔で言うので、私はプッと吹き出した。

「ねぇ。それ、どこまで本気なの?」
「全てだ」

カイルは真顔のまま、そう答えた。
ということは・・・これ以上聞くのはやめておこう。


「俺もおまえの相手をしてやる」
「へっ!?」
「なるべくな」
「あ・・・ありがと(ゴライブ)」

ニコニコ笑顔のカイルに、私は照れながらお礼を言っておいた。





それから南の別荘へ着くまで、カイルは時々タブレットをいじったり、フォンで連絡を取っていた。
どうやら公務のようなので、私はカイルの邪魔しないように、そっと窓際へ寄った。

この車も窓が黒塗りだから、外の景色をちゃんと見ることができないのは残念だなぁ。
カイルとおしゃべりをし続けるわけでもないし。
他にすることない・・・。

そのとき、カイルが私の手を掴むように握ってきた。

「わっ!ビックリした・・・」と言いながら隣のカイルを見ると、すみれ色の瞳はまだ、タブレットを見たままだ。

「南に着くまであと1時間弱程かかる。昨夜あまり寝てないのなら、今の内に眠っておけ」
「あ・・・うん。じゃあ、お言葉に甘えて・・・」

カイルにそう言われたこともあるけど、実際私は眠たくて、カイルに手を握られるまで、ウトウトしていたところだ。
1時間くらいかかるなら、眠っているのも良い考えだよね。

「なぜそこに寄りかかる」
「は?うわっ!」

寝ようと思って窓際に頭をコツンと当てた途端、カイルが私の手を引っ張るように、自分の方へ引き寄せた。

「ちょ・・車内で乱暴はしないでよ!」と抗議すると、カイルはフンと鼻で笑った。
しかもカイルはまだタブレットを見たままだ。

なにこの・・・・・俺様な態度はっ!
私に眠れと言っておきながら、起こそうとするその行動が、全然分かんない!

「カイ・・・」
「寝るなら俺に寄りかかって寝ろ」
「は・・・あのー、邪魔にならない?タブレット見にくい・・・」
「眠らなくても俺に寄りかかっておけ」
「・・・ぅん・・・」

なんか・・カイルって何気にドキドキさせることを言ってくれるんだけど、俺様国王だからか、どうしても命令口調になってしまって・・・おもしろいな・・・。

と思っていたら、頭のてっぺんに、カイルがキスしてくれた。
そして、一瞬だけ強くなったオレンジの香りに安心したのか。
私はそれからすぐに眠りに落ちた。







「・・サ。ナギサ」
「う・・・ん・・・」
「ナギサ、着いたぞ」
「う・・・うわあっ!」


び、びっくりしたっ!
カイルの・・・カイルの膝枕で爆睡してた!!

ああぁ、これは心臓に悪いよ。
カイルにまで聞こえてるんじゃないかってくらい、ドキドキが響いてくる。

でも当のカイルは、全然気にしてないって感じ。
むしろ上機嫌なのか、それとも面白がっているのか、イケメン顔をニヤニヤさせている。

「随分と威勢の良い寝起きだな」
「あ・・あはっ・・・ごめんなさい」
「なぜ謝る」
「だって・・・ひざ・・邪魔だったでしょ」
「いや。この方が肩に寄りかかるよりもしっかり眠ることができただろう?」
「・・うん」
「では謝る必要はない」とカイルは言うと、私の頭に優しく手を乗せた。

そしてカイルに「降りろ」と言われた私は、車のドアが開いていることにやっと気がついた。

私は「え?あぁはいっ!」と言いながら、慌てて車から降りると、ドアを開けてくれた護衛のトールセンに「ありがとう(ゴライブ)」と言った。

「・・・わぁ・・・!」

そこに降り立った瞬間から、私は緩やかな空気を感じた。
思わず目を閉じて深呼吸をする私に、カイルは「おまえも感じるか」と言った。

「うん・・・。ここの空気はとっても穏やかで・・・和やかな感じがする」
「イシュタールは年中温暖な気候だ。西の砂漠を除いてどこも暮らしやすいが、特に南は気温や湿度、風力が安定している。そのため観光やリゾート地として名高い」
「南はバン・ファルライジェ(白い海)もあるよね?」

だからかな、潮?磯?
とにかく海の香りも漂ってる気がする。

「そうだ。療養のために早めに引退した父上にも、ここは暮らしやすいところだと言える」
「え?お父様、病気なの?」
「いや。二人の妻とやりすぎたために、持病の腰痛が悪化しただけだ。幸いここに来てから回復しつつあるらしい。空気が合っているということだろう」
「・・・・・・は」

つい立ち止まった私に、「どうした」とカイルが聞く。

「あの・・やりすぎって・・?」
「言葉通りの意味だ」
「うはっ!」
「王宮の官吏共は皆知ってることだが、一応機密事項となっている。だから父上にはダイレクトに聞くなよ」
「聞きませんよっ!」と言いながら、私はクスクス笑ってしまった。

そんな私を促すように、カイルが繋いでいる手を引っ張りながら歩き出す。

「先に父上たちに挨拶を済ませておこう。行くぞ」
「う・・はぃ」
「どうした」
「いや私、寝起きで酷い顔がもっと酷いと・・・」
「案ずるな。ナギサはそのままの姿で十分だ」

・・・そうよね。
どっちみち、挨拶は済ませておかなきゃいけないことだ。
それにカイルのご両親が住んでる場所に一泊するんだもん。
会わないわけにはいかないでしょ。

私はつながれているカイルの手をギュッと握りしめると、カイルも握り返してくれた。

「挨拶はすぐ終わらせる。俺も邪魔されたくないからな」
「何の?」と聞いたけど、カイルはただニヤニヤ笑っているだけだ。

はぐらかされた。
ま・・いいか。

私たちは手をつないだまま、歩き続けた。







カイルが言ったとおり、カイルの両親への挨拶はすぐ終わった。
ていうか、カイルが強引に終わらせた。

正直、元国王のスカイラー様って、あんな・・・チャラいキャラだとは思ってなかったから、カイルが強引に終わらせた理由とか、「ついでに」会うと言ってた意味が分かった、みたいな・・・。

いやっ!でも威厳はある!
さすが元国王様って思うところもあった!
それに逞しい外見や、イケメン顔もカイルと似てるなぁと思ったし。
スカイラー様の性格は、どちらかと言うと、テオのほうが濃く受け継いでる気がする。
となったら、ある意味ジェイドさんも大変だよね。

思わずクスッと笑ってしまった私に、ジェイドさんが「どうしたの?」と聞いてきた。

「あ・・あぁちょっと、さっきのことで思い出し笑いを・・・」
「強烈でしょ、スカイラー様って」
「あ、その言葉ピッタリ!」

私たちはクスクス笑った。

ただいま私は、ジェイドさんの案内で、別荘の庭園をプラプラ散策しているところだ。
どうやらカイルは、家族と何か話し合いをしたいらしく、ジェイドさんが“タイミング良く”私を連れ出してくれた。
たぶん、私に聞かれちゃまずいことなんだろう。
庭園は見たかったし、ジェイドさんともおしゃべりしたかったからいいんだけど。

「あれでも元“紫龍神”と言われるだけの存在感は放っていたのよ」
「今も十分貫禄とか、威厳はあると思う」
「そうね。マローク家はイシュタール建国以来、1200年の間ずっと国王として国を統治しているの」
「せ、1200年も!?マローク家だけが!?」

江戸幕府だってそこまで長く続いてないはず・・・驚いた。

「そ。そんなわけでマローク家は別格なのよ」
「うん、分かる」
「でもスカイラー様は、身分や家柄のことなんて全然気にしない御方でね。オフィーリア様は、いわゆる身分の低い御方だったんだけど、スカイラー様が一目惚れして御結婚されたんですって」
「へえ」

オフィーリア様って、カイルのお母様だよね。
さっき挨拶をしたときに見た優しい眼差しや思いやりは、俺様なカイルが時折見せてくれる優しさと通じるところがあった。

「反対されなかったの?」
「私はまだその頃生まれてなかったから、詳しい事情は知らないけど、一部の王宮官吏や貴族からは、かなり反発があったみたいよ。それでもスカイラー様は“惚れたんだから結婚する!”って強引に結婚したみたい。もちろん、お互い愛し合ってのことだけど」
「でも・・・他に奥さん迎えたんだよね」
「子孫を残すため。そして家柄のことも考慮してね。もちろん、スカイラー様は、ナディーン様のことも愛していらっしゃるのよ。亡きガネーシャ様のことも」

それでもやっぱり、複数の妻を迎えることができるのかな。
奥さんたち、嫌じゃないのかな。
カイルもそれが義務なら、何人かの奥さんを・・・。

嫌だな、と思ったのは一瞬だけだった。

それより、カイルが結婚するとなれば、私はカイルの傍から離れることになるんだから、嫌とか思う立場じゃなくて、それ以前の・・・。

それでも・・・それでも、嫌。
カイルと離れるなんて・・・・・・。

嫌だ。