背が高くて長い脚を持ってるカイルが速足で歩くのはいいんだけど、手を掴まれているから、私までカイルの歩調に合わせざるを得なくて・・・。

さっきからずーっと全力疾走してるみたいで、きついんですけど!

「カイ・・リ・コスイレ・・・」
「カイルと呼んで良い。なんだナギサ」
「も、ちょっとゆっくり歩けない、ですか」

そう私が言って、カイルは初めて私が必死についてきている状態だと気がついたらしい。
カイルは立ち止まって私を斜め上から見下ろすと、フッと笑った。

息切らせてボロボロ状態な私とは対照的に、カイルはいつもどおりのイケメン顔に涼し気な余裕を浮かべて、俺様目線で私を見下ろしていて。
なんか癪だなぁと思った矢先、私の目線が上がった。

「うわっ!?」

慌ててカイルの首に手を回して不安定な自分の体を安定させると、カイルはまた歩き出した。
私を抱きかかえていてもいなくても、さっきと同じ速さで。

「ね、カイル。私、自分で歩けるよ。ただもう少し速度を落としてくれたら・・・」
「肩に担がれた方が良いか。おまえは確かそれが嫌いだと思っていたが」
「なっ・・・そんなこと言ってないでしょ!」
「では俺に抱かれていろ」

リ・コスイレのご意向には絶対服従ってわけね・・・。

とにかく、今のカイルに何を言っても、私を歩かせてくれないだろう。
それに、実は疲れがドッと出てきたところだから、自分で歩かなくていいのは助かる。

今はズボンをはいてるから、パンツを見られる心配はしなくていいけど、それを抜きにしても、空港という場所でカイルに肩に担がれると、非常に目立ってしまうから、絶対嫌!
となれば、今カイルに抱きかかえられてるこの状態が一番マシ、というか、ベストなのかもしれない・・・。

私は「・・・はい」と返事をすると、カイルの鎖骨あたりに頬を寄せた。

オレンジの香りがする。
なぜか私はカイルに「ただいま」と言いたくなってしまった。







来たところとは違うドアから外へ出ると、リ・コスイレの公用車に乗せられた。
前と同じくカイルは前と後ろの仕切り戸を閉めると、冷蔵庫からお水のボトルを出した。

「飲むか」
「ありがとう」

カイルに手渡されたボトルは、程良く冷えていて、渇いた喉を潤してくれた。
そして私がお水を飲んでいる間、カイルはヒルダさんへフォンをかけていた。

「俺だ・・・ああ、ナギサは俺と一緒にいる。今王宮へ向かっているところだ」とカイルが言った途端、フォンの向こうから、「あああぁ!よかったあああぁ!」というヒルダさんの声が聞こえてきた。

耳からフォンをしばらく遠ざけていたカイルは、ころあいを見計らってまたフォンを耳につけると話し出した。

「そういうわけだ。花壇に水をやっておけ・・・それから温かい食事を用意しろ。あれが帰ってすぐ食べれるように」とカイルは言うと、フォンを切った。

フォンから聞こえた声を聞いた限り、ヒルダさんは私が見つかったことを泣いて喜んでくれていた。
ヒルダさんにも心配かけちゃったな・・・。

そのとき、半分ほど飲んだお水のボトルをカイルが取り上げて、残りを全て飲み干した。

「おまえがつけているそのピアスには、GPS機能がついている」
「え・・ええっ!?じゃ・・・私の居場所はいつも分かってるってこと?」
「いや。予定外の行動に出たときに限る。王族にもプライバシーは必要だからな」
「え。ってことは、カイルがつけてるピアスにも、GPSついてるの?」
「もちろんだ。このピアスは王族の者だけがつけている。テオもつけているだろう?」
「うん」
「エミリアのは見えたか」
「ううん。遠すぎてそこまでは・・・」

いくら光り輝くダイヤでも、さすがに小さいし・・・ん?
じゃあなんで私がこのピアスをつけてるわけ?

「王族として生まれた者は、右の耳にピアスをつけている。そして結婚等で王族となった者は、左の耳にピアスをつける。ジェイドは俺の弟であるテオと結婚する。あれにもピアスがついていただろう?」
「う、ん。それは分かったけど・・・なんで私までつけられたわけ、ですか?異世界から来たよそ者だから特例?それとも逃げ出さないための監視?あっけなく見つかっちゃったけど・・・」
「おまえは俺の女。理由はそれだけで十分だ。今のところはな」
「はぁ・・・」

なんかまたはぐらかされたような気がするんだけど。
ついため息がフゥと出る。

「ピアスにGPSをつけているのは、万が一誘拐されたり、テロ等の犯罪に巻き込まれた場合、居場所をすぐ把握できるためだ。俺は身分などあってもなくてもどうでも良いものだと思っている。しかし王族が犯罪に巻き込まれれば、国際問題に発展する可能性もある。国が滅びる事もあり得る。それが現実だ。だから王族の者は、それらに巻き込まれないよう、未然に防ぐ対処をする必要がある」
「なるほど・・・」
「鉄道の国際線があるイシュタール中央駅や陸続きの国境付近、そしてセフィラ国際空港は、諸外国からのテロ行為に備えて、イシュタールの中でもセキュリティ度がかなり高い場所だ。あのサイレン音は、ピアスに反応して鳴る特別仕様となっている」
「げっ!」
「王族の者が何の知らせもなく国を出るということは、犯罪に巻き込まれたという可能性が高いからな。その者たちを国外へ出さないために特別煩いサイレン音が鳴り、シャッターが閉まる」

そんなシステム、全然知りませんでした、はい・・・。

知ってたら、空港には行かなかった・・ううん、いくらパスポートとIDを持っていても、結局国外には、すんなり出ることができなかったってことよね・・・。

「厳密に言えば、おまえは王族の者ではない。しかしおまえは国王(リ)である俺の女だ。俺はおまえの命を護る義務がある。おまえは俺の女であるという自覚をもっと持て」
「・・・はぃ」
「おまえの出所など問題ではない。肝心なのは今のおまえの立場だ。全く・・・おまえが金を引き出したと管理センターから連絡が来たときは、おまえが誘拐されたのかと思ったが。まさか俺の女の身代金が、たったの10万ギルダとは考えられんしな」
「す、すみません・・・あのぅ、お金・・・」
「おまえはいつでも、いくらでもカードで金を引き下ろしても良い。しかしあれは俺の口座でおまえ本人のではない。よって、おまえの場合は一日にトータル500ギルダ以上引き出したとき、管理センターから俺に連絡が来るようになっている。俺は必要ないと思ったが、犯罪防止のためと言われてな。それでおまえのGPSを発動させて、おまえが空港へ向かっていると知った。まさかこんなに早くそれが立証されるとは。管理センターの言うことも一理あったわけだ」

最後の方は、その状況を面白がるように、かつ嫌味たっぷりにカイルが言うもんだから、何か言い返してやりたい!と思ったけど、実際全部その通りだから、言い返すことができない。
だから私は隅っこに寄って、いじけていた。

「ピアス専用のサイレンが鳴った上にシャッターが閉まる“緊急事態”に陥った。もちろん空港の職員たちは、王族の者が来るとは一言も聞いてないし、これは訓練だとも聞いていない。空港局局長が焦るのも無理はないな」
「ちょ・・もうそれ以上は勘弁して・・・」

ああぁ、今更ながら、自分がしでかした事の大きさを思い知る。
ピアス一つで、ううん、カイルの女だからという理由だけで、波及効果はハンパなく広がって・・・。

「未来のバンリオナがラストミニットでディスカウントチケットを買っただと?しかもたったの10万ギルダで高飛びを試みるとは。良い度胸をしておる」
「お金はね、返すつもりで借りたの!そりゃあ私だって、10万円で一から出直すのは厳しいって思った・・・あれ?」

なんか今、引っかかった。なんだろ・・・。

「おまえは以前、1ギルダは100円に相当すると言った。ならば10万ギルダは1千万円に換算できるはずだ」
「あ・・・ああああああぁ!ちがっ!いやえっと、計算は合ってるんだけど!ほら私、ここ2カ月以上、お金の出し入れしなかったせいか、円とギルダが頭の中でゴチャゴチャになってて!だから10万ギルダが10万円だと思い込んでてそのー・・・どーりでチケット代が450ギルダって安いと思ったのよー。それにタクシー代だって・・・あはっ。あはははっ」

あぁもう私、穴があったら入りたいです・・・。
ていうか、やっぱりシナ国へ行っておけばよかった・・・かも。