華やかな集団は、慌てて頭を下げた。
彼女たちにつられるように、私も頭を下げる。

『王宮の庭でも、とにかくこのお部屋から外にいるときにリ・コスイレに出会われたら、リ・コスイレが通り過ぎるまで頭を下げてください。他に誰かがいるときは絶対です』と、庭へ出て良いと許可が出た日にヒルダさんから言われていた。

そして頭を下げたのは、今日が初めてだ。
弟であるテオも、カイルが通り過ぎるとき、「リ・コスイレ」と言って頭を下げていた。

そのときカイルは「テオ」と答えていたけど、私の前を通り過ぎたとき、特に何もせず、何も言わず(私も何も言わず)、ジェイドさんと何か話しながら歩いて行った。

まるで私は、その辺にある植物か、その場の一部と化されていた。
華やかな集団と同じ扱いで。

別に声かけてほしいとか、期待してたわけじゃないんだけど、何か・・・モヤモヤする。
やっぱり私って部外者なんだって、思い知らされたような気分だから?


「ナギサ?」
「あ・・あはい」
「大丈夫?」とテオに言われて、華やかな集団が、すでにいなくなっていたことに気がついた。

「うん、大丈夫。かばってくれてありがとう」
「女性の嫉妬って怖いね」
「嫉妬っていうより、私の存在が面白くないだけだよ」と言った私の声は、ちょっと寂しく響いていた。

そんな私の顔を覗き込むように、兄同様イケメンな顔を傾けたテオは、「ねえ、ナギサ」と聞いてきた。

「な、なに」

カイルほどじゃあないけど、美少年アポロン要素満載のテオだって、かなりのイケメンだからなのか、私の心臓が少しだけドキンと跳ねる。

「前いた世界へ戻りたい?」
「・・・え。そ、そりゃ、もちろん戻りたい・・・」
「シーッ。ヒルダが見てる。あまり興奮しないで。大声も出さない」
「え。どこ・・」と言いながら、キョロキョロしようとしたけどやめた。

ニッコリ笑って頷くテオに、「そう。ごく普通の会話をしてるようにふるまって」と小声で言われて、私は頷いて同意する。

「明日の夜、僕と一緒に出かけよう。もしかしたらナギサは日本へ帰れるかもしれない」















テオは私に日本のことをあれこれ聞いてくる。
そして私はテオに日本語も教えている。
どれもテオにとっては興味があることだから、覚えるのも早い。

代わりにテオは、本業の大学での研究がない日は、なるべく私に会ってくれて、イシュタールのことを教えてくれる。
町案内をしながらとか、王宮の庭でとか。
時には私の部屋に来てくれる。
でもそれは、日が明るい時だけ、そしてヒルダさんがいることが必須!
と、カイルから言われたそうだ。

まぁそういうわけで、テオが私の部屋に来てくれたときは、イシュタール語を教えてくれるようになった。

「イシュタールの南にある海は」
「バン・ファルライジェ」
「正解。なぜバン・ファルライジェ(白い海)と呼ばれているのか」
「海水の塩が海を白く見せるから」
「正解。ではイシュタールの東にある森の名前は」
「デューブ・フォラオイゼ(黒い森)」
「正解!ヨクデキマシタ!」
「色使ってるから分かりやすい名前だよね」

地質学者のテオは、イシュタールの地理のことをよく教えてくれる。
らしいと言えばそれまでなんだけど、でも今いるところの地理を知っていて損はない。
それに、地名の由来を知ることで、より覚えやすくなるし。

「砂漠ってイシュタール語でどう言うの?」
「デザート。英語と同じだ」
「ふーん」

「俺が砂漠へ連れて行ってやろう」とカイルに言われたことを、ふと思い出した。

20日間、諸外国へ訪問していたカイルに会ったのが、昨日の話。
王宮の庭ですれ違ったのが「会った」と言うなら、だけど。
しかも私は頭下げてたし。

カイルが帰ってきてたこと、知らなかった。

頭を下げる直前、ジェイドさんと楽しそうにしゃべるカイルをチラッと見て、やっぱり私は部外者なんだなと思った。

和平交渉が行われる前、カイルは結構突っ込んだ内部事情を話してくれたと思う。
何といっても機密事項も含まれてたし!
それに交渉の結果だって、私に教えてくれた。

それは、俺様なカイルの優しさの一種だと思うし、私のことを信頼してくれてるのかなという気持ちもある。
でも・・・。

いくら王宮にいても、私はここに属していない。
いくら国王(リ)であるカイルから、身分の高い服を与えてもらっても、やっぱり私はここに属していない。

所詮私はどこにも属することができない、よそ者のエイリアン。

ボーっとしていた私を、テオは視線でこの場に引き戻すと、一緒にいるヒルダさんを、チラッと見た。

あぁそうでした、「普通にふるまえ」だった・・・。

「そういえばナギサ様、日本語には文字もございますよね」
「ナギサって日本語でどう書くんだ?」
「こう書いて・・・」と私は言いながら、紙に「凪砂」と書いた。

ヒルダさんとテオは、その紙と私を交互に見ながら、「へぇ」と感嘆の声を上げる。

「凪は風が止んでる状態と言う意味で、砂(サ)は、砂漠の砂とかの砂(sand)という意味」
「イシュタール語で、砂は“ガイネアム”と言うんだ」と言うテオの顔は、活き活きと輝いて見える。

土と同じようなものなら、砂でも興味あるんだ。
今のテオって、ちょっと子どもっぽいアポロン顔してる。
でもカイル同様、やっぱりイケメン。
そういえば、カイルの髪の色は、砂漠の砂みたいな色をしてる。

ってまたカイルのことを考えてる私・・・。




会いたいと思っても、すぐ会えるわけじゃない。
彼の都合がついたとき、そして彼の気が向いたときにだけ会える人。
それがカイル。
イシュタール王国のリ・コスイレ(国王様)。

・・・そうだよね。
やっぱり私たちは住む世界が違いすぎる。

ていうか、ホントに住む世界が違うんだ。


私はおめかし服に着替えて、バッグを持った。
森を歩くと言われてるから、町で買ってもらったブーツみたいな靴を履く。
ここに迷いこんだときのパンプスは、置いていくしかないか。


『え』
『明日の満月の夜じゃないとダメなんだ。そしてこれは絶対じゃない』
『で、でも、テオと一緒でも、夜の外出は禁止って、カイルに言われてる・・・』

ていうか、「日本に戻る」という重要な話をしてるのに、カイルの許可をまっ先に考えてる私って・・・。

『絶対に日本に戻れるとは言えない。今は戻れる可能性が高いとしか言えない。実際にその場に行かないと、僕も分からないんだ。どうする?ナギサ。日本に帰りたいなら僕と一緒に行こう』

・・・今夜行く。テオと一緒に。



私はバルコニーから下へ降りた。
このときばかりは、カイルが1階に部屋を移してくれたことに感謝する。
そして踏み台にも感謝を忘れず・・・。

私は足音を立てないようにしながら、庭を静かに走った。
王宮の庭を歩き回ったおかげで、暗くても自分がどこを走っているのか分かる。
それに今夜は満月だし、ポツポツ灯りもついてるから、外は真っ暗というわけじゃない。

テオに言われた場所へ行くと、テオはすでに待っていた。


「ナギサ!」と小声で言ったテオの顔は、とても嬉しそうで、その顔を見ていたら、ちょっと芽生えていた罪悪感を一時忘れることができた。

テオは私の腰に手を当てると、「急ごう」と言って歩き出した。
感傷に浸る暇もなく、テオの歩調に合わせて早く歩くことに集中する。

王宮を出て少し歩いたところに、車が止まっていた。
テオは助手席のドアを開けると「乗って」と言って、自分も素早く運転席に乗った。





「これ、テオの車?」
「そうだよ。大学へ行くとき使ってる。意外だった?」
「うん。車の運転できることが」
「地質調査に行くとき、車の運転ができると何かと役に立つからね」
「あ、そうだよね」

私たちが乗ってる左ハンドルの車は、いたって普通の乗用車だ。
町へ出るときの黒塗りの車は、たぶん公用車。
いや、王家専用の車かもしれない。

そしてカイルには、国王(リ)専用の車がある・・・あ、またカイルのこと考えた。

「カイルも車の運転免許持ってるよ」
「え!じゃ、教習所に通ったりしたわけ?ていうか、免許証とか持ってるの?」
「いいや。僕たちは王宮の敷地内で教えてもらった。そしてうん、僕たち免許証持ってるよ」
「あ・・・ああぁ、そうだよねっ」

王族の本家であるマローク兄弟のことを、別格、というより、異星人扱いしてるのは、私の方かもしれない。

それから私たちは、お互いしゃべることなく、私は窓の外から通り過ぎる景色を見ていた。
この景色も見納めになるのかな・・・。
とても良い国に迷いこんで、私はラッキーだった。

・・・カイル。