彼は幼少を旅のサーカスで育った。


 そこで銃を練習したのだろう。


 またはインディアンに育てられた戦士という者もいた。



 彼の最後の足跡を見たのは南西の街。



 最後のフロンティアだった。


 老いた体で無法な南西部に戦いを挑んだそうだ。




 彼には名前が無い。


 私は彼を西部の概念であると確信する。


 人間の道徳心が産み出した希望の幻想。


 それにしては覚えている者が多い。



 実に興味深い人物である。



 世に名の知れぬ傑物は数あれど、

 彼ほどの男はそういないだろう…


 ………………………………………



 …………………………



 ……………


 ……


 ……


 …


「バーテンダーの証言」続き


 …男は何も言わずに去って行った。


 夕陽だけが彼を見届け

 歴史は彼を語らなかった。

 老いた額にただ汗を流し、

 弾を込める彼の姿。



 何かを語れば安っぽく、

 絵に書けばいずれは風化する。


 語られる男は決して軽くなく、

 色褪せはしない。

 私は彼が死んだと聞き、

 信じられないとそこへ向かった。


 広野の乾いた風が横たわる彼の頬を撫で、

 焼けつく太陽が昭明がわりだった。


 誰もが想像した結末。

 悲劇の主人公。

 
 そんな者になりたくなかったから

 彼は名を名乗らなかった。


 今まで散々目にして来た理不尽に

 人生を掛け戦いを挑んだ。



 たかだか結果等

 彼にとっては意味を成さない。

 誰も気にせず、心残りも無い。

 最後に見上げただろう空の雲は高く

 それだけで良かった。


 それが良かった。

 飽きるほど見た硝煙が

 雲となり彼を見下ろす様だった。

 少し子供の頃を思い出す。

 親が言う尊敬される男。

 彼は間違いなくそれになった。








 名も無き男は空に向かい銃を向けた。

 放たれた彼の魂は

 今でも西部を走っているだろう。


 誰も彼を知らない、

 そして皆が彼を心で感じている。

 その男の墓に刻まれた文字

 
    

    それは

    











   「Mr. Unknown」

      ~終~