司会『さぁ、いよいよですね。解説、宜しくお願いします。』

解説『宜しくお願いします。』

司会『それでは早速ですが、両雄のプロフィールと今回のルールを発表します。』

司会『ルールは、日本将棋連盟の定めるタイトル戦と同様に、全五局で勝敗を決します。タイトル戦と同じと言いましても、桂尾道(かつらおのみち)八段のタイトルが剥奪される事は有りません。勝者に与えられるのは、将棋界史上最高額と成ります賞金100億円です。』

司会『顔を隠すことを条件に対局が決まりましたので、ネットを介し対局が行われます。ソクラテスさん側には、日本将棋連盟より任命されたシステムエンジニアが、ネット回線から立会をします。更に日本将棋連盟が設置した特別なPCを使用し行われ、不正が無いように対局運営が行われます。』

司会『日本将棋連盟を代表するプロ棋士・桂尾道八段。1995年プロデビューを飾り、着実にトップ棋士へと上がって参りました。2010年には、悲願の初タイトルを征し、翌年の2011年に二つ目、2013年には三つ目のタイトルを獲得。現在も三つタイトルを防衛し続ける日本将棋連盟に所属する最強プロ棋士です。』


司会『相対するは、2011年にインターネット将棋の世界に突如現れた謎のネット棋士・ソクラテスさん。これまでの凄まじい勝率と、独特の打ち筋から、数多くのプロ棋士が彼の前に倒れてきました。彼との対局を経験したプロ棋士達は一同に言います。「彼こそが最強。悔しいが桂君や我々より遙か高見に居るよ」と、最強棋士と呼び声の高い人物です。』

司会『さて、このお二人。ズバリ勝つのはどちらでしょう?』

解説『うーん。私は両者と対局経験が有りますが、強い!と感じたのはソクラテスさんです。しかし、今回のルールはネット将棋で主流とされる早打ちでは無いので、尾道八段の方が、若干優勢の様に思いますね。』

司会『なるほど。巷ではソクラテスさんがCPUに何か細工をし、不正を働くのでは?との声も耳にしますが、そちらの心配は如何でしょう?』

笑みを浮かべながら答える解説『その心配は無いですね。仮にそうだとしても、尾道八段は、並のCPUに負けるような人では在りません。ソクラテスさんが、世界一のスパコンを個人所有しているなら、話は別かも知れませんが、それも有り得ないでしょう。』

司会『確かに毎年行われているプロ棋士対CPUの対局でも、対戦成績ではプロ棋士側が、圧勝していますね。』

解説『はい。その事を知らないソクラテスさんでは無いですよ。』



そんなやり取りを解説室でしている最中に、対局室のモニター画面に『さっさと終わらせよう』と、文字が突如として現れた。
対局室を始めとする各関係者、ネットやTVを介して視聴していた観覧者の全員の背筋が凍りつく。

今回の対局は、確かに将棋連盟側からのオファーだったが、天下のトップ棋士に対し、一介のアマチュア棋士が、対局前から噛みつくなど、文字通り異例中の異例。この発言は、ソクラテスの自信から来る発言か?ただの世間知らずか?どちらにせよ、自分達の会話に夢中だった解説室を黙らせるには、充分な破壊力だった事は、語るに及ばないだろう。控え室にて、静かに目を閉じ瞑想する桂尾道も、廊下から微かに伝わるざわめきを感じ取ったのか?手にする扇子をパンッ!と叩き立ち上がる『来たか・・・』そう一言だけを残し、廊下へと出た。

廊下には、多くの記者、同業のプロ棋士達が激励や取材に来ていたが、いざ桂尾道を目にすると、誰1人として、彼に声を掛けられる者は居なかった。

何度となく、大きな対局を経験してきた桂尾道や、他のプロ棋士達も経験した事のない、何かがまとわり着くような…ベタッとした、とても不快な感覚が対局会場の日本棋院を覆い尽くしている。

そんな時にも、プロ棋士としての気高きプライドだろうか?それとも、周囲に動揺を隠すためか?『将棋界最強棋士の座を外部に乗っ取られたとあっては、プロ棋士として許せる事態では在りません。私が最強とは何なのかを証明してきます。』

一言だけ言い残し、対局室へと再び歩みを始めた。

『尾道先生、大丈夫ですかね?』

『何時になく口数が多いな。この雰囲気に飲まれとるやもしれん…何にせよ、この第一局目、荒れそうだな。』対局室の襖を開こうとする桂尾道の手は震えている。世間一般では将棋連盟の大物だが、一皮剥けば普通の人。緊張やプレッシャー、そういった類のものには滅法弱い。何よりこの対局の意味を、熟知しているからこそである。

日本将棋連盟創設より今日まで、常に将棋界を牽引してきたのは、間違い無く日本将棋連盟の奨励会である。プロに成った者、プロに憧れる者、夢破れ挫折した者、将棋に魅入られし全ての者達の代表としての対局なのだから、至極当然の重みを感じられない男ではない。

『ふー・・・』呼吸を整え、スッと襖を開いた。

そしてソクラテスに心を読まれまいと、必死に平静を装いながら、対局室に入室を果たす。

桂尾道【この場に居なくとも、姿が見えずとも、モニター越しにこの殺気。まるで獸か妖とでも対峙している様な気分だ。】

ソクラテス【流石に強そうだ。カメラ越しにも伝わってくる・・・熟達した武人の様な奴だな…ムカつく・・・】

立会人『それでは両雄揃いましたので、先手、桂尾道八段で対局を始めます。礼!』

桂尾道【まずは第一局目、冷静に力を見定める】

パチ

立会人『先手、7六歩』

司会『始まりました。!!!』

一手目にして、ソクラテスは周囲に驚きを与えた。

立会人『ご・・・後手、1四歩』

ソクラテスの選んだ注目の一手、それは属に悪手と呼ばれる一手だった。少しでも将棋と向かい合った経験の在る者が、初手に選ぶ一手とは到底思えぬ一手である。

桂尾道【・・・何だ?何か意味が・・・】

もしもプロ棋士と、そうでは無い者に違いがあるとするならば、記憶力と頭の回転速さだ。ことトップ棋士と呼ばれる桂尾道クラスの人間ならば、どちらも凡人のレベル出はない。

桂尾道【これまでに何千、何万と指してきた。型破りな棋士も多く居たが、こんな一手を打つ者は、子供か将棋を知ら無い人だけ・・・こんな無様な一手に、何の意味が・・・】

桂尾道【・・・】

ソクラテス【迷うな!!!ほら!来いよ。来いよ!来ないなら、こっちから行くぞ!!!!】

桂尾道【なっ・・・また前に来るか・・・】

ソクラテス【読み合い合戦をしに来たんじゃない。攻めて来いよ!】

司会『通常、この様な大きな対局ですと、序盤は互いに陣形を整えながら、牽制し合うのが、普通ですがソクラテスさんは、一手目から仕掛けてきたと考えてもよろしいですかね?』

解説『ソクラテスさんは、ネット棋士です。ネット将棋ですと、持ち時間は10分から長くて30分の事が多いので、当然雌雄を決する時間が短いわけです。この流れが普段通りだとすると、そういったネット将棋での経験が、この盤面に現れているのかも知れませんね。』

桂尾道『ふー・・・』

大きくため息の様な深呼吸をすると、目を見開き、序盤から長考に入る。

【プロ棋士を負かした程の打ち手が、何の策略無しに、ただ歩を前進させていると思えない。】

【だとするならば、この歩は本気の歩。】

【本気の歩ならば、この展開は新手。ここまでは間違いがないだろう。問題はここから、攻め方が解らぬまま受けに回るのは、危険だろうか?…ならば中央より左側のスペースの場所を、利用し攻め入るか?…】

司会『んー…まだ5手目ですが・・・序盤ですが尾道八段は、長考に入りましたね。』

解説『普段、我々が打つ対局ですと、棋譜が残ります。その棋譜から、対戦相手の得意とする戦術等を学び、対局前から傾向と対策が立てられますが、ネット将棋では棋譜と言う物が存在しません。相手の出方が分からないからこその長考でしょう。』

司会『なるほど。では、この流れは想定内の事ですか?』

解説『そうですね。想定はしていたと思います。これほど序盤から長考するとは思いませんでしたが。』

パチ

司会『アッ・・・動きましたね。』

解説『桂馬ですね。』

将棋やチェス、囲碁といった戦略的ボードゲームは、ノーリスクで展開して行くゲームではなく、少なからず常にリスクを背負うゲームである。しかしながら、ソクラテスの一手一手にはリスクしか見当たらず、桂尾道は黙って受けに回るのは危険と判断し、足の速い桂馬を皮切りに攻めに出る事にした。

ソクラテス【おっちゃん、やっと出てくる気になったか?】

パチ

桂尾道【お前の土俵に上がる気は無い。流れを自らの手で、引き寄せてやる!】

パチ

ソクラテス【バカ!!違うだろ!桂馬の次は飛車だ!】

パチン

桂尾道【貴様はきっと右辺で、真っ向勝負がしたいのだろうが、そんな安っぽい挑発などに俺は乗らん!】

パチ

ソクラテス【まだなのか?やっとここまで着たのに】

パチン!

桂尾道【どんなに右辺から来ようと、右辺は如何様にも防ぎきれる。その上で、左辺より貴様の戦力を削らせて貰う!!】

パチ

ソクラテス【ちくしょー!!本気にムカつくおっちゃんだ!!!】

パチン!!

桂尾道【よし!私の方が一手早い。】

パチ

ソクラテス【ちくしょー・・・ちくしょー・・・ちっくしょーーーー!!!!】

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