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「やばかったなぁ、Cocytus rain…」
たわいもないざわめきが飛び交う教室。外では、夏を待てなかったかのように太陽の日差しが降り注いでいる。
「こきゅーとすなぁ…。あれ高校生のレベルのバンドじゃねぇよ…」
教室の隅でパンをむさぼりながら、地面に腰を落とした二人組の目は、間違いなく昨日のライブの中にいた。
「陣のバンドはどうなんだ?」
和也は目線を前に向けたまま、隣に座る陣に尋ねた。
「うん。まあ知っての通りだよ」
「そっか」
陣のバンドは方向性の違いという理由で現在活動休止している。解散まで到達しなかったのは、陣がバンドに込める思いの熱さが伺える。
「それより、和也のバンドはどうなんだよ。あのチャラドラムと女の子たちは練習してくれてんの?」
陣は顔をうつむかせながら、しかし決して言葉に容赦をしなかった。
「まあ、美奈は練習してくれてると思うけどな…。止水と幸多に関してはよくわからんけど、まあ……練習してないんじゃないか?」
和也は苦笑しながら食べ終わったパンの袋を丸め始めた。
「幸多には才能感じるんだけどな…、正確なリズム感なんかは持ってる気がする。でも肝心のショットが力んでっからなぁ…」
室松幸多(むろまつ こうた)は我がバンドのドラマーである。最近はバイトばかりしていて、放課後軽音部の部室に顔を出す機会は減っていた。
「止水のギターは…。うん」
浪花 止水(なにわ しすい)は指が小さい。昔はピアノで賞をとったりもしていたのだが、指の小ささによって断念。そこから始めたギターにも熱が入らないようだった。

「俺、ちょっと4限ふけるわ。陣、テキトーに腹痛いとか言っといて」
和也はパンの袋を入り口近くのゴミ箱に放り投げ、教室を出た。