常に冷静沈着な彼女が唯一心を乱す瞬間。

それは不意打ちの体の接触だ。

それに気が付いたのは偶然だった。単なる気のせいかとも思った。
だがその偶然が幾度も重なっていくうちに、疑念へと変わっていく。

そこであることを思い出す。

彼女の装いは地味だが、決して異性にもてないわけじゃないのだと聞いていたことを。
冷静になってよく見てみれば、素材は悪くなかった。
眼鏡の下に隠された顔は、可愛いとも綺麗ともとれるような顔立ちだった。
それなりの装いをすれば充分なルックスだろうに、彼女はその真逆を徹底していた。

偶然なのかそれとも････？


そんな時決定的な出来事が起こってしまう。

エレベーターの中で見たのは、普段の彼女からは到底想像もつかないほどひどく取り乱した姿だった。
あまりの激しさに痛々しいほどに胸が締め付けられた。
どんな時でも自分を見失うことのなかった彼女が見せたその一面。


疑念が確信へと変わった瞬間だった。



今思えばあの時からだったのだろう。

彼女を放っておけない、守りたいと思うようになったのは。

人とまともに向き合ってこなかった自分にとって、その感情が一体なんなのか、
その頃の俺にはまだ何にもわかってなどいなかった。