「あれ、藤枝専務・・・もしかしてご結婚なさったんですか?」

商談を終えて一息ついたところで相手の山上常務がふとそんなことを聞いてきた。彼の視線は俺の左手で止まっている。

「はい。実は三ヶ月ほど前に」

「それはおめでとうございます!ついに藤枝専務もご結婚ですか。いやはやショックを受ける女性がさぞかし多いことでしょうなぁ」

「いえ、そんなことはありませんよ」

「モテ男の藤枝専務が選んだ女性がどんな人か、一度でいいから見てみたいものですなぁ」

わははと笑いながら山上常務は言う。

美羽は旧姓で仕事を続けている上にこちらからは積極的に結婚のことは口にしていないため、俺たちが夫婦だということに気付いていない人は多かったりする。決して隠しているつもりなどない。聞かれたらちゃんと答えている。
俺は大々的に言って回りたいくらいなのだが、美羽が自然に広がっていくのに任せるだけで充分だと言うので、今のところはそうしているのだ。

「女性と言えば、専務の秘書の香月さんでしたか?うちの社員でいたく彼女を気に入ったのがいましてなぁ。彼女は独身ですかね?もしそうなら是非今度会う機会でも作れないか聞いてみてはもらえませんかな?」


・・・またか。
実はこういうことはこれが初めてじゃない。
彼女を紹介して欲しいという打診はこれまでに何度もあった。特に最近はその頻度が増している。もちろん当の本人はそんなことがあったなんて露程も気付いてはいない。

「すみません、山上常務。彼女が私の妻なんです」

「えぇっ?!いやいや、それは大変失礼なことを言いました。そうでしたか!なるほど、彼女ならいい奥さんになって専務を支えてくれそうですね。さすが見る目がありますなぁ」

「はい、公私ともに助けられています」

俺ははっきりとそう言い切った。
彼は俺がそんなことを言うなんて少し驚いていたが、すぐに笑って祝福してくれた。