「…ええ。」

直哉は、一ノ瀬を見た。

「勿体ぶらないで早く教えろよ!」

東雲が急かした。

「彼は、男性にしては非常に丸みを帯びた手をしていました。おでこも丸みを帯びていた。そして服からわずかですがお酒…たぶんカクテルの匂いがしたんです。」

「だから何なんだよ?」

東雲は、苛立っていた。

「まさか…。」

一ノ瀬から言葉が漏れた。

「女性だったのか?」

「ええ!?」

東雲と若芽から驚きと疑問を含んだ声が出た。

「おでこは、男性と女性で少し違いがある。だから男性が女性に、女性が男性になるとき手術をする部分の一つなんだ。」

「でも女性が何で男の格好を?」

東雲が言うと直哉が応えた。

「確かに女性でもファッションで男っぽい格好をする事がある。でも彼女…彼は、男なんだよ。心も。」

若芽が会話に割って入った。

「何でそこまでわかるんですか?」

「揉み合ったときに相手の体にあたったんだ。胸をさらしの様な物で固めていた。白田さんも言っていただろ?夏なのに厚着していたって。たぶんさらしじゃ抑えきれなかったものを厚着でカバーしたかったんじゃないかな。」

直哉は、ポケットから決定的な証拠をだした。

「彼が、落とした財布です。」

東雲と若芽は、一ノ瀬に了承を得ると財布をあけた。中には現金、ガード類そして免許証が入っていた。

「二手に別れよう。私と直哉は、蘇芳の家に東雲と若芽は彼の家に行ってくれ。」

一ノ瀬の号令で二組は家を飛び出した。

一ノ瀬と直哉は、蘇芳茜の住むアパートに着いた。2階に上がりチャイムを押した。

ピンポーン…ピンポーン…

留守だった。一ノ瀬と直哉が帰ろうと踵を返したとき隣の住人が帰ってきた。

「あの、この部屋の蘇芳さんとはお知り合いじゃありませんか?」

一ノ瀬が、話しかけると水商売風の若い女性は頭を傾げた。

「うーん、あまり近所付き合いもないから。あっでも昨日の夜ね、騒ぎがあって。刺されたのよ、女の人が。私、風邪引いて寝込んでたんだけど救急車の音がしてね。ドア開けたら下の道が野次馬でいっぱいになってたの。大家さんも駆けつけてて聞いてみたらうちのお隣さんだっていうじゃない。怖くて安心して寝られないよ。」

直哉は、一ノ瀬を見た。一ノ瀬は、女性に運ばれた病院を聞いたが知らない様だった。急いで車に戻り近くの病院を探そうとしたときケータイが鳴った。東雲からだった。

「鶴橋葵が警察に連れて行かれた。」

一ノ瀬と直哉は、東雲たちと合流した。上嘉警察署の門をくぐった。一ノ瀬が受付の女性に訳を話すと数秒もたたぬうちに奥の客室の様な部屋に通された。

10分ほどしたときドアが開き初老の男性が入ってきた。

「私が、事件の担当で蒸栗兆治と申します。」

男性は、自己紹介と名刺を一ノ瀬に渡した。一ノ瀬も名刺を渡した。

「いやいや、助かりました。連れてきてからいっこうに話そうとしなくてね。黙秘の状態だったんですよ。身分を証明するものがなくて本人は落とした財布に全て入っていると。我々も困り果てていたんです。」

直哉が、横から割って入った。

「あの、蘇芳さんが刺されたって。」

「何故、被害者の名前を?」

「応えて下さい!容態は?」

直哉の剣幕に蒸栗も圧倒され応えた。

「被害者は、無事です。明日には退院出来るそうです。さあ、私も答えました。そちらが知っていることも話して貰いましょう。」

蒸栗は、直哉たちの目を一人一人見て言った。