バイトが終わり、携帯電話の電源を入れる。めったに鳴らない電話だが、モデルという仕事柄、持っていたほうが便利だ。もっぱら母親からの「着信専用」といっても過言ではないが・・・月曜日から金曜日の17時に事務所に電話を入れる事になっている。明日の仕事の予定を聞く為だ。だが、仕事が入っている事はめったに無い。私はそこいらへんに転がっている「モデルで食えないモデル」の一人だ。たまに入っているのは、何だかよくわからないオーデションぐらいなモノだ。そんなある日、携帯電話の留守電にメッセージが入っていた。
「もしもし沼田です。連絡下さい。」
先日、仕事で訪れた写真学校の講師からだった。(そっか連絡先交換したんだっけ・・・)「連絡を下さい。」との事なので、公衆電話の受話器を取り、手帳を開く。(えっと、080ーXXXXー XXXXと・・・)何回かのコール音を得て、電話がつながった。
「もしもし沼田です。」
「お疲れ様です。クレイの葵です。先日はお疲れ様でした。」
お約束の業界挨拶だ。
「どもども・・・あのねウチのOBが葵の写真見て気に入ってね、作品撮りのモデル頼みたいんだって。大丈夫?」
一瞬考えたが、断る理由も無いのでOKする事にした。
「大丈夫です。」
「じゃ、本人に連絡入れさせるから。宜しくね。」
「はい、は~い。」
電話は切れた。写真の私を見て、気に入ったらしい。(オーデションを受かったようなもんかな?)声にならない声に、心が踊った。そして、私の携帯電話が鳴ったのは一週間後の事だった・・・
今日もバイトが終わり、携帯電話の電源を入れる。12:32分、「鳴らない携帯」が鳴った。
「もしもし葵さんの携帯電話ですか?」
「はい、そうです。」
「自分、沼田先生から紹介されました原田と申します。初めまして。」
勿論、初めて聞く声だ。すこし高い。
「早速なんですが、打ち合わせしたいんですけど、いつが都合いいですか?」
こっちはいつでもOKだ。
「いつでも大丈夫です。」
「じゃあ、早速ですが今夜はどうですか?」
ずいぶん行動的なカメラマンだこと。
「大丈夫ですよ。場所はどうします?」
「葵さんはどちらにお住まいですか?」
私は町田生まれの町田育ちだ。
「町田です。」
「町田って、何線ですか?」
小田急線だ。そんな事も知らないのだろうか?
「小田急線です。」
「じゃあ、新宿アルタ前に19:30でどうですか?」
19:30?ちょっと時間が空くな・・・まぁ、しょうがないか。
「わかりました。アルタ前に19:30ですね。」
「はい、宜しくお願いします。あっ、自分ですが、金髪のロン毛でパーマかかってますので見つけて下さい。では今夜、宜しくです。」
電話は切られた。金髪のロン毛でパーマ・・・嫌な予感で心が埋めつくされていった。