隣の教室、その隣の教室を通り過ぎて走っていく。

そして階段を1階分下ったところの踊り場で足を止めた。




びっくりした......。


父じゃないし、殴られるわけじゃないってわかってるんだけど、どうしても反動で構えてしまう。

相手にとても失礼だということは、わかっている。だからこそ、こうして後悔するわけで。



はぁ。


今度先生に謝ろう。
ひなちゃんに頼んで付き添いしてもらって。






ゆっくりと、もう1階分の階段を下る。



そこで、聞き覚えのある大好きな安心する声がふってきた。


「あれ、花歩ちゃんじゃない。まだ学校にいたの?」


「きみちゃん先生~〜」


少し息を切らしながら私が抱きついたのは、君塚侑子(きみづかゆうこ)先生。通称きみちゃん先生。


「どうしたの。髪ぼっさぼさだよ」


「え?」


走ったせいで髪の毛がぼさぼさになっていたらしい。
私の髪の毛を手ぐしでとかしながらケラケラ笑っている。

きみちゃん先生は、保健の先生。

ゆるふわのウェーブのかかった茶髪のロングヘアを後ろの低い位置で1本にくくっている。
年齢は内緒らしいけど、見た目だとたぶん23とか24とかだと思う。



「先生まだ学校にいる?」


「うん、仕事残ってるの。くる?」


「うん」



ふわっと笑ったきみちゃん先生。

そんな先生に連れられたのは保健室。




扉を開けると、アルコールの匂い。

カーテンで仕切られて見えないようになっているベッドがふたつ。

あとは先生の机がひとつあって、そばにはたくさんの救急セットがつまれている。

真ん中に少し大きめの机があって、そこに椅子が4つ備え付けられている。


そのひとつに私は座った。



「宮瀬先生わかる?」



自分の机に座ってファイルを開いたきみちゃん先生にさっきのことを話そうと声をかけた。


「うん、わかるよ」


「さっき、宮瀬先生とふたりきりになってね、怖くなって走って逃げてきちゃった」


「あら、そう。だから髪の毛すごいことになってたのね」


またきみちゃん先生は、ふふふ、と柔らかく笑った。



実は、きみちゃん先生は私が男性に恐怖心を抱いていることを知っている。

入学してから何回か保健室に逃げ込んだことがあって、もう、打ち明けていた。



きみちゃん先生はすごく優しい。

だからいつも保健室に来て、話したいだけ話して甘えてしまう。