ビター・スウィート




広瀬先輩を好きになったのは、大学生の頃。

同じ大学の二年先輩。所属していた演劇サークルで一緒だった彼は、中心になって動くタイプではないけれどさりげなくサポートをして頼りにされるタイプの人。

自分から積極的に輪に入れずにいた私にも、気にかけて声をかけてくれた。



『永井さん、こっちで俺たちと一緒に作業しよう』

『あ……は、はい』

『うーん、何か堅苦しいなぁ。あ、じゃあ呼び方変えようか。あだ名とかある?』

『えっ、えと……家族からは“ちー”って呼ばれます』

『ちー、かぁ。可愛いね。じゃあ俺もそう呼ぶ』



いつもにこにことして頭を撫でてくれる、優しい彼を好きになるのに時間なんてかからなかった。

そんな広瀬先輩が東京の文具メーカーに就職すると聞いた時はショックで、このままこの恋は終わってしまうのだろうと一人で泣いた。



けれど、以前私が『文具屋に通うのが好き』と話していたことを覚えてくれていた広瀬先輩は、度々大学へ訪ねて来ては私に商品のモニターのようなことを頼んだりと繋がりは途絶えず……。

余計に諦めることも伝えることも出来ないままの私は、ならばいっそと彼を追いかけることを決める。



『ちー、うちの会社受けるんだって?』

『はいっ。広瀬先輩見てたら、文具メーカーって楽しそうだなって思って……って私ストーカーみたいですよね、すみません』

『ううん、そんなことないよ。ちーと仕事出来たら絶対楽しいと思うし。面接、頑張って』

『は、はい!』



彼の応援によって余計に湧き出たやる気。それとそれまでのモニターとしての功績もあり何とかこの会社に就職することが出来た。

これでもっと近くにいられる……と思いきや、あんな悪魔が立ちはだかるなんて。やっぱり人生は、甘くないらしい。