ビター・スウィート




好きな人を追いかけて、などという不純な動機がいけなかったのだろうか。就職した先、この会社で私の上司となったのは先程の彼……内海さん。

内海凌というその男は、広瀬先輩と同じく商品開発課で働く社員の一人。同じ部署でも課が違えばたいして接点もないだろうと思いきや、商品部主任という立場の彼は全ての部署を見るのが仕事らしく、つまりは私の直属の上司にあたる。



軽く整えた黒い髪にツンとした目。私より二十センチほど大きな広瀬先輩より更に五センチ大きな身長と、線の細い体のライン。

雰囲気は少し神経質っぽいけれど、黒いスーツにノーネクタイがビシッと決まってよく似合う。見た目はきっと悪くない。

けれどそれらを台無しにするほど怖い、うるさい、性格も口調もきつい。それ故に私は心の中で、彼を『悪魔』と呼んでいる。



「今日中って……絶対無理」

「相変わらずだねぇ、内海は」



返された書類を見て溜息混じりに言う私に、広瀬先輩はあははと苦笑いをした。



「けど内海もそれだけちーに期待してるってことだよ」

「本当ですか?」

「本当本当。だから頑張れ」



先程のあの怖い顔を思い出し心が折れそうになるけれど、そんな心を励ますように彼はよしよしと私の頭を撫でる。

あの頃から変わらない、優しくて大きな手。それは、今日も私の胸を鳴らし全てを支えてくれる。



「っ〜……はい!頑張ります!」



彼のそばにいるために、どんなことでも頑張ろう。そう気合いを入れ直し、私は書類と向き合った。