島を離れることが決まった時に戸惑った。

恋人がいたからだ。
島の岬近くに住んでいる同級生の彼が。


『僕のことなんかきっとすぐに忘れるんだろうな』

連絡船に乗り込む時に言われた。
私はすぐに首を振った。


幼い時からずっと一緒だった彼。
何時の間にか心が奪われていた。


忘れられるはずがない。

だって彼は私の婚約者だから……


綾ちゃんだけには告白したけど、まだ他の誰にも言ってない二人だけ……いや三人の秘密。



あの那須大八郎と鶴富姫のように、本当に大切な人と巡り会えた。
そう思ったんだ。


私達は文通で心を通わせた。
今時流行らないかも知れない。だけど、私達は真剣に遠距離恋愛中だった。


でもこの頃、返事が届かない。
離島だから時間がかかるのは解っていた。


でももう一年以上、待ちぼうけなのだ。




 だから今、夏休みを利用して一人で帰郷中。
彼氏との久し振りに再会が待っている。


宿泊するのは友達の家。

だって彼に会いたいからなんて言ったら、教育者の父が許してくれるはずがないからだ。


私はまだ高校ー年生。
彼は地元で漁師をしながら通信教育で高校を卒業したのと同じ資格を摂取しようとしているはずだった。


島には高校がない。
だから文部科学省公認のこの制度が頼みの綱だったのだ。


この資格があれば、大学の受験が認められるのだ。


姉も私も本当は、島にいてその資格を得れば良いと思っていた。

でも母の……
祖父母の寂しさを考えると、我が儘は言えなかったのだ。




 だんだんと故郷が近付く。
香りで解る。
あの海の……
波打ち際で彼と過ごした時間を思い出す。


(突然行ったらびっくりするかな?)

手紙を出しても返事が来ない。
だから私は彼が心配だったのだ。




 船着き場に向かう時に感じた潮の匂い。


ただそれだけで心は懐かしい場所へ帰って行く。


港から程近い教会に寄ってから、早速漁業組合へ連絡を入れて彼の消息を尋ねた。
でも誰も知らないと言う返事だった。


私は何時しか、彼と見た夕焼けの渚を目指していた。


でも彼は何処にも居なかった。