祖父の四十九日の法要が、実家の仏間で執り行われていた。

RDのお陰で少し明るさを取り戻したはずの母の目は、又暗くなっていた。


私達は、父がギリギリに着くように父が調整したため一番遅かった。


母の実家のことで煩わされたくなかった父。

早めに支度していた母をあざ笑うかのように、なかなか腰を上げてくれなかったせいだ。




 父は何時も母と実家を馬鹿にしていた。

田舎の冠婚葬祭の行事が派手なのが気に入らないようだった。


何時かのイトコの結婚式の時。


「何でてめえん家はこう派手なんだ」
そう言っていた。


跡取り娘の長男。
だから派手なのだ。
祖父が病に床にあり、元気付けるためでもあったからだった。


祖父の葬儀の折の参列者の多さが、実家の田舎での位置を示していた。

選挙参謀。保護司等、信頼がなければ出来ないことを祖父は任されていたのだった。




 家の中に入ると、直ぐに伯母が出迎えに来てくれた。

足腰の悪い祖母は足付け座椅子に座ったまま会釈していた。


「遅かったわね。今連絡しようとお姉さんと話したところよ」
叔母が言った。


「どうもすいません。お母さんの支度が遅くて」
平然と父が言う。
嘘八百を並べ立てる。


父は何時も母のせいにしてしまう。

母がそのことを注意されるのを知っていながら。


それでもそう言う。


まるで、母が叱られることを楽しんでいるかのように。